ちゅんちゅんと鳴く鳥の声で目覚める朝というのはとても気持ちがいい。
けたたましく鳴る目覚ましで起こされるというのも……まあ悪くはない。
だが枕元で大声を出されて起こされる。てめーはだめだ。
「総領娘様ー。いらっしゃいませんかー?」
ぎゅっと布団を被り直す。これくらいで起きてたまるか。ここで起きる奴はただの天人だ。起きない私は訓練された天人だ。
「いらっしゃいませんかー!」
「……」
深く静かに布団に潜り込む。惰眠を貪る優雅な天人ライフを邪魔されるわけにはいかい。
「いーまーせーんーかー!」
耐えろッ! 私!
「ふむ。いらっしゃらないご様子。ならばここは私が一肌脱いで朝のフィーバーを致しましょう」
無視無視。聞くな私! 石になるのよ天子!
「一番衣玖が歌います。曲は天人マン GO FIGHT」
ちゃ~ららら~たららったらら~♪ ちゃ~ららら~たららったらら~♪
↑(衣玖の鼻声)
「ちゃちゃーちゃちゃーハッ! ちゃちゃーちゃちゃーハッ! ゴォウ! ゴォウ! マッッッッッソウ!!!」
「うるせーよ!!!」
「!?」
「さっきから枕元で何よ! いるに決まってんでしょーが!」
決心は数秒と持たなかった。いやこれはどー考えても衣玖が悪いが。
ガバっと布団を跳ね上げ起き上がると、衣玖がキョトンとした顔で私を見ている。
「総領娘様、そんなところにいらっしゃるとは」
頬を染め、やたら長い袖で顔を覆う衣玖。
ていうか恥ずかしいならやるなよ。しかも人の部屋で。
「寝てたら布団にいるのは当然でしょ! 馬鹿なの? 節穴なの!?」
「いいえ私は竪穴です」
「いや住環境の話じゃないわよ、ってえらく古典的な住居ね」
「私の安月給では賃貸竪穴式住居がお似合いですよ」
「しかも賃貸かよ。ちょっとだけ同情するわ」
「さて私がなぜここに来たのかわかりますね?」
「わかんねーよ。文脈から全く想像できないわよ」
困りましたねぇと、頬をぽりぽり掻く衣玖。むしろ困っているのは私だ。
「総領娘様は、先日の緋想異変で地上の方々に多大な迷惑をかけました。しかしそれに対して何も謝罪してません」
「そりゃあ、異変起こして注目されるのが目的だったんだもの。謝る必要なんてないでしょ」
倒壊させた神社だって建て直したしね。何も問題ないよね? ある? 異論は認めないわ。
「ふう、やはり貴方は甘やかされすぎですね。ここはプロの下っ端の私が究極の謝り方をご教授するしかないようです」
「自分で言ってて悲しくならない?」
「何がですか?」
下っ端が少しだけ哀れに思えた。
「さて、神社に着きましたね」
「いやこの神社じゃないんだけどね」
「幻想郷で神社といえばここでしょう」
「入り口に守矢神社って大きく書いてあったんだけどね」
「ごめんくださーい」
「聞けよ!」
衣玖が声をかけると、すぐに緑髪で清楚な感じの巫女さんが現われた。
やっぱり神社といえばこちらで正解かもしれない。
霊夢は呼んでも出てこないもの。
「はーい、参拝客の方ですか。ようこそ守矢神社へ」
「いいえ私たちは参拝に来たわけではありません」
「はあ?」
「この度は大変申し訳ございませんでしたあああ!」
いきなり衣玖が頭を地面にこすりつけて土下座。巫女さんドン引き。ていうか私も引いたわ。
なにしてんのこいつ。やっぱりバカなの?
「ええ!? あ、頭を上げてください」
「いいえ! 許して貰えるまでこうさせて頂きます!」
衣玖がこちらを振り向き「いいから頭を下げてください」とアイコンタクトを送ってくる。これが究極の謝り方かよ。すげーごり押しじゃん。
「いや状況を考えなさいよ。いきなりやってきて土下座とか訳わかんグヘァッ!?」
突然体が吸い寄せられ、うどん生地のように地面にへばりついた。
「くはっ、まさか電磁力でこんなことが……」
「言い訳なんて聞いてません。あなたのような人が、道徳の授業で『泥棒ってなんでいけないんですかー』とか言うんです。悪いものは悪いんです!」
「悪いのは衣玖の頭だーーーっ!?」
「えっとあのお……」
ほら。巫女さんすっごく困ってるじゃん。どーすんのこれ。ねえどうすんの!?
「よくわからないのですが。あなた達は私に謝りたいことがあるんですよね」
「違いま――」
「そうです」
おいいいい。何勝手に話進めてんの。馬鹿なの。空気読めるの?
「くふふ……では謝罪だけではもの足りませんねぇ」
先ほどまでの清楚な巫女さんはどこへやら。そこには口もとを歪ませ笑みを浮かべる策士の顔があった。
やべぇ、こいつSだ。
自慢じゃないが私は見ただけでSかMかわかる程度の能力を持っている。
的中率50%は堅いだろう。
「は、謝罪の他にお詫びが必要でしたら何なりと。比那名居家でできることなら」
「ちょっ。何で私が責任取る流れなのよ」
「うふふ、では天人の信仰を頂きましょうか」
この巫女。実にノリノリである。
だが私にもプライドがある。
そう簡単に要求を呑むわけがなかった。
「はあ? 何で私が蛇とか蛙とかを信仰しなくちゃいけないわけ」
「誰もそんな爬虫類どもを信仰しろなんて言ってないですよ」
「へ? じゃあ何を?」
「あなたがた天人は新世界の神たる私、東風谷早苗を信仰すればいいのです!」
「それはできません」
「衣玖は黙ってて! こんな奴を信仰なんて、あれ?」
「おや、お詫びに何でもするのではなかったのですか」
「ええ、謝罪の対象が変わりましたので」
「いまさら何を――」
そこまで言って、巫女はようやく背中の脅威に気づいたらしい。
「さーなーえー?」
「げぇっ!? かなすわ!?」
背後にはいつの間にか守矢神社の二柱、八坂神奈子と洩矢諏訪子が立っていた。
正直かなり怖い。ウゴゴゴゴゴゴという擬音と黒いオーラな感じの背景を背負ってそう。
「あららすっかりびびっちゃったよ。新世界の神様ぁ?」
「ち、違うんです諏訪子様。これは私がやったんじゃないです!」
「あらノリノリでしたよね。総領娘様?」
「うん。さっきなんて、神奈子は足くせーし、諏訪子はいびきうるせーし、美少女ヒロインの住む家じゃない、とか言ってたわ」
「ちょっ、それはマジで言ってな――」
「早苗、ちょおっと家族会議開こうかあ?」
改心の笑みの神様×2。
うん目が笑ってないね。
「罠だ! これは罠だ! 天人が私を陥れるために仕組んだ罠だあああ!」
「はいはい、言い訳はお仕置きしてからゆっくり聞くからねー」
なおも喚く新世界の神(自称)の首根っこを、蛇の神がずるずる引きずっていった。
「早苗もバカだよねー。あ、謝罪ならもう充分だから。じゃあね」
そう言って蛙の神も嬉々として二人を追いかけて行った。
蛇も蛙もSだわ。ていうかこの家って全員Sじゃね?
ちょっとゾクゾクしちゃうわ。
「やはり誠心誠意謝罪すれば伝わるものですね」
「いやどういう思考でその結論なったか知らないけど、1グラムぐらいしか伝わってないと思うわよ」
「充分です。栄養ドリンクのタウリンだって1グラムですが1000ミリグラムと書けば量が増えたように感じるでしょう?」
「なにその諭すような口調!? 単位変えても全く増えてないわよ!?」
「さーて次の謝罪先は」
「無視かよ!」
「申し訳ございませんでしたあああ!」
土下座から始まるストーリー。
なんてものがあってたまるか!!
「ちょっと! なんでいきなり地底まで来てんの!」
「それは総領娘様にこの度の一件を大地よりも深く反省してもらうためです」
「それ全然上手くないから」
衣玖に頭を下げられているのは一人の鬼だった。
案の定というべきか、緋想異変で関わったちっこい奴じゃあない。
角が一本で体操服を着ている鬼だった。
「すまんが私には頭を下げられる覚えはないんだが」
そりゃそーだ。私も下げる覚えないもん。
「何も聞かずに謝罪を受け入れてください。ささっ総領娘様も」
促されて私も渋々頭を下げる。癪ではあったが拒否したら絶対面倒になるもん。
「いきなり頭を下げられてもな。事情もわからないのにそんな事をされても逆に不愉快だ」
「どうしても謝罪を受け入れないと? ならばこちらにも考えがあります」
「なんでそこで好戦的になるのよ!?」
「ほう、面白い」
乗ってきたよ鬼。ていうか乗せる意味あんの!?
謝りに来たんじゃないの!?
「鬼は大層な大酒のみと聞きます。もし飲み比べで私達が買ったら謝罪を受け入れてください」
「あえて相手の得意な土俵で戦うか。気に入ったよ。あんた名前は?」
「永江衣玖と申します」
「私は星熊勇儀だ。鬼の四天王なんて呼ばれたりもしている。怖気ついてなければかかってきな!」
啖呵を切って一升瓶をぐぐっと飲み干す勇儀。
なにこのバトル漫画展開。ていうか私達って私も入ってんの!?
酒に弱いつもりはないけど、流石に鬼相手に飲み比べをするほど強くはないわよ!
「私も負けられませんね!」
衣玖も近くに転がっていた酒瓶を一気に煽る。
「いい飲みっぷりだねぇ。だがこれを見てもその勢いが続くかな」
うわ、鬼がでっかいお盆(名前なんていうのこれ。マンガとかでよく出てくるやつよ)に入った酒をがぶ飲みし始めた。
「負けるわけにはいきません!」
「衣玖!? それはタルよ!」
「馬鹿な! 鬼の中でも限られたものしかできないその技を、竜宮の使いができるわけが!?」
「ぐおおおおお」
咆哮を上げ、持ち上げたタルの中の酒を飲み下す衣玖。
その様子は飲むというより、流し込むというほうが正確だった。
衣玖すげえ! ていうか腕力すげえ! よくタル持てるな!
「やるねぇ。予想以上だよあんた。だがね、私はタル飲みができる数少ない鬼の一人なんだよ! ゴキュゴキュゴキュ……どうだ!」
向こうもタル飲みだよ! あんたらの身体のどこに酒が入ってるんだよ!
「ふっ。私はまだ半分の実力しか出してませんよ」
「へーえ私はまだ3割だ」
「あ、今の嘘です。実はまだ2割でした」
「そんな事言ってる間に私はタル2つ空けたぞ」
「私は既に3つです」
酒飲みバカとただのバカとの数時間に及ぶバトル展開(めんどうなので全略)が終わり、とうとう決着がついた。
「びゃ、びゃかにゃ」
「日本語でおk」
「ちゅからのゆうぎがみゃけるなんて……」
「酒は飲んでも飲まれるな。覚えておくといいでしょう」
「が、がくっ」
地に倒れ付す鬼。正直予想外の結果だった。まさか衣玖が鬼と飲み比べして勝つなんて。
衣玖を少しだけ見直したほうがいいかもしれない。
「やるじゃない。衣玖がこんなに酒に強いなんて知らなかったわ」
「ああ、全部電気分解してますから」
「え、それって反則じゃないの」
「わが国にはこういう言葉があります。勝てば全て良し」
なにその都合の良すぎる名言。
昔の偉人もびっくりだよ。
「無茶苦茶だよこいつ……」
「どうかここをお通しくださいいいい!!」
「お引取りくださいいいいいい!!」
最近人里の近くにできた命蓮寺。その門前でちっこいネズミの妖怪(こいつはMだ。間違いない)と衣玖は壮絶な土下座バトルを繰り広げていた。
命蓮寺の代表者である聖白蓮に会わせて欲しいと言ったのだが、妖しい奴は通せないらしい。
どうして白蓮に会いに来たのかは意味不明だ。もう疑問に思うのもバカらしくなってきた。
ちなみに私も勢いに飲まれて何故か土下座しちゃってる。
もうやだこの展開。
「やりますね。あなたもプロの下っ端か……」
「ふ、下積みの長さなら負けないよ」
夕日をバックに(もうこんな時間。今日一日何やってんだか)清々しい笑顔で見つめあう二人(もちろん土下座お互いにしながら)
「貴方なら信用できそうだ。すぐに聖を呼んでくるよ」
「ええ、お願い致します」
なぜかわかりあった感じになってる二人。幻想郷はバカばっかだと今更ながらに再確認した瞬間であった。
「それには及びません。私ならここにいますよ」
いつからいたのかまったく気が付かなかった。
しかしネズミの背後にいつのまにやら、件の聖白蓮が現れていた。
聖白蓮。世間一般では常識人で通っているが、正直あの髪の色はないと思うわ。
ロングのウェーブにグラデとかどこの中二病よ。
あ、でもよく考えたらオバちゃんって変な髪の色の人多いし、案外その世代では普通なのかもしれない。
「聖。もう来ていたのか。それでは私はここで失礼するよ」
主に気を利かせたのか、ただの職場放棄か、ネズミはすごすごと引き下がっていった。
風に乗って夕食のいい匂いが漂ってくるから多分後者だろう。
「ようこそ命蓮寺へ。ここはどんな妖怪でも受け入れます。どのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか」
「いやさっきまでお宅のネズミにすっごい足止めされたけどね」
「それは失礼を。頭に桃を載せた者以外は受け入れますので」
「それピンポイントで私でしょ! 私しかいないよね!」
「全くです。いつかダサイから止めなさいと言おうと思っていたのですよ」
「ひどっ!? 目の前で言う? 普通?」
「なるほど用件はわかりました」
「マジかよ。私達何も説明してないわよ」
「要約すると、我侭で傲慢でその上頭のネジが緩んでいる天人が、地上で大変な迷惑をかけたので謝罪して回っていると」
「その通りです」
「待てい!? 合ってるけどさ。合ってるけどさ。何かすごくムカツクのは何で!? ていうか何でわかったの!?」
「怒っては何も始まりません。そして単純に謝罪をしただけでも相手には伝わりません
「総領娘様」
「わーってるわよ……」
もう感覚が大分マヒしているようだ。とりあえず土下座しておけばオールオッケー、なんて考えてしまって、極めて自然に頭を地面につけている。
今日一日で土下座根性が相当染み付いてきているらしい。
「いけませんね。土下座をすれば万事物事が解決する。その考え方は愚かです」
「なっ!? じゃあどうすればいいってのよ!」
「いいですか。わが国は古くから言われ続けてきた言葉があります」
ごくり。こいつが言うと何だか言葉に重みがあるわね。
一言一言。紡がれる言葉が心に染み渡るみたい。
「謝罪と賠償を要求します」
おいいいいいいい!? あんた聖人君子みたいな顔して、何ですげえ俗っぽいこと言ってんの!? ようするに金寄越せって事よね!?
「現金はありませんので、これをお納めください」
「まあ。立派な剣ですね」
「ちょっと待てえええ! それうちの緋想の剣よね!? そうだよね!?」
「そうです。そして総領娘様が失くされたのです」
「そして私がたまたまこの剣を拾った」
「話がわかりますね。フフフ」
「あなたこそ。ウフフ」
大人って汚い。どうして世の中はこんなに穢れてしまったんだろう。
すっかり日が暮れてしまったため、今日は帰ろうという事になり私と衣玖は帰路に就いていた。
「ところで衣玖? 結局異変で迷惑をかけた奴には全く謝ってないんだけど」
「総領娘様よくぞ気が付かれました……」
「私はあくまでも本当の土下座というものを知ってほしかった。そしてこの経験を活かして、これからは貴方が一人で土下座しにいくのです」
「衣玖……」
「総領娘様……」
西日に輝く衣玖の笑顔。それは海よりも深い慈愛に満ちていて――。
「誰がそんな事するかあああ!!」
他の作者の作品読んでから出直して。