梅雨時の魔法の森は、普段より3割増しでじめじめしていて、ただでさえ憂鬱なのが余計に憂鬱となる。
しかも、今日のアリスとしては、なぜか家へ押しかけてきた魔理沙が、さっきから後ろの方でぐだぐだ言っているので、5割増しで憂鬱だったのだ。
「むー、しー、あー、つー、いー、ぜっ」
「……」
「うーじめじめじめじめ、気持ち悪いったらありゃしないな」
「……」
「髪もぺたぺたするし、服も身体に張り付くし。きのこは育つしカビは繁殖するし。まったく、やれやれだぜ」
「……」
いちいちうるさい魔理沙の言葉を聞き流して本を読んでいると、それが気に入らなかったのか、彼女は近寄って来た。
「おぉーい、アリスぅー」
「うわっ、ちょっとやめてよ! 気持ち悪い!」
こんな蒸し暑いときに、ぺっとりとくっつかれるのは御免である。
アリスはとっさに振り払おうとしたが、まるで軟体動物のように張り付いてきた魔理沙は、しがみ付く手に力を入れてくる。
「アリスぅー、薄情だぜー冷たいぜー」
「いや、蒸し暑いって! いいから離れなさい!」
「いいんならくっついてるぜー。アリスはひんやりしてて気持ち良いぜー」
アリスはため息を吐くと、読みかけの本に栞を挟み、閉じた。
そして立ち上がり、下っ腹に力を入れ、わりと本気で魔理沙を振り払おうとする。
ぶんぶん。
「うわっ……! そ、そっちがその気なら容赦しないぞ!」
「ちょ、魔理沙――」
背面からしがみ付いてきていた魔理沙は、今やアリスを羽交い締めにするような体勢となっていた。
半袖から出ている二の腕がぺたりぺたりと触れ合い、非常に気持ち悪い。まるで100メートルほど全力疾走した後に抱き合っているみたいな感触である。
「こらっ、離れなさいっての!」
「嫌だー!」
まるで駄々っ子みたいな魔理沙に、アリスはイラッとした。
すぐさま人形を2体操作し、背後から襲わせようとする。
しかし。
「おっと、その手は食わないぜ」
魔理沙はとっさに身体を捻るようにして、アリスを掴んだままくるりと回転する。
ちょうどアリスは、魔理沙にとって人形から身を守る盾のような位置関係となり、慌てて人形を停止させる。
「く、こら、いい加減に……」
「いいからいいから。しばらく、こうしていようぜー」
「ああ、もう――!」
いつもこうなるのだ。
そう思いつつ、アリスは二度目のため息を吐いた。
そして身体の力を抜く。
「ちょっとだけだからね、さっさと離れるのよ」
「わかってるわかってる」
言いながら魔理沙は、頬を擦りつけるようにしてきた。
そのために表情は見えないが、なんとなく嬉しそうでもある。
時々、魔理沙はこうして甘えてくることがあった。
(……寂しいのかしら、こいつ)
思えば、親元を離れて、こんな薄暗い森に独り暮らしをしているのである。
たまには人肌が恋しくなっても、おかしくはないのかも知れない。
「……まったく」
アリスは苦笑すると、そっと魔理沙の髪を撫でた。
湿った髪は、ぺたぺたとしていたが、しっとりと柔らかかった。
ある梅雨時の、魔法の森での一幕である。
~完~
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