ほんの少し機嫌が悪かっただけなのだ。
だと言うのに誰も気に留めてくれない。父も母も収穫のこの時期は徴税に忙しく構う暇が無いのは毎年のことだが、乳母代わりの『龍宮の使い』も適当になだめすかせるばかりで、人の気持ちなど考えず、ただその場の空気を読んで凌ごうとしているだけに過ぎない。そんなことはお見通しだった。
彼女の手を振り払って駆け出し、裏庭の木を上っている時もそうだ。
「総領娘様!?」
そんな呼びかけが来ることはなく、比那名居"地子"は飛び出した。
「まったく、一人ぐらい気づいてくれても良いんじゃないの!?」
お気に入りのつば広の、龍宮の使いが天界から持参したという黒い帽子を弄りながら山道を歩く。屋敷の裏山は低く、時々抜け出しては遊んでいたから慣れている。飛び出しはしたが安全な場所を、と考える程度に理性はあるつもりだ。
「……別に、見つけて欲しいわけじゃないし」
軽い坂道を石を蹴っ飛ばしながら歩く。そもそも見つけられようにも、自分がここを遊び場にしていること自体、知っている者があるのか。何故知らないのか。何故自分は一人なのか。
「……誰か」
寂しさなんかでつぶやいたつもりはない。ただ落ち着かない腹の奥底を誰かにぶちまけられたらそれで良い。とはいえ、その誰かはいない。
「お嬢ちゃん、どうしたのかしら?」
いた。地面を向いていた顔を上げると、そこにいた。
それは藍色の頭巾を被った尼のような女と、その脇に
「……人形?」
女のくるぶし程度の高さしかない、雲のようにふわふわとした人形がそこにいた。
続く