「……はーっ……はーっ……」
震える躰。
脅える心。
高鳴る鼓動と、荒ぐ息。
それらを、必死に押し留める。
物陰に身を潜ませ、息を殺して、己を形作るあらゆる要素を、内側へと抑え付けて。
硬く、硬く目を閉ざして、心の中で祈りを捧げる。
十字架に磔とされた、殉教者を思い出す。
聖者が、世の、尽きぬ罪科の身代わりと奉げられた、生贄の羊ならば。
この身は、主の、尽きぬ欲望の身代わりと奉げられた、盲目の兎。
……“ひた”……“ひた”……“ひた”……“ひた”……
……“ずるり”……“ぴちゃり”……“ずるり”……“ぴちゃり”……
「……ふふ……ふふふ……くすくすくすくす……」
陰鬱を押し込めた様な薄闇に響く、少女の足音。
何か、重たいものを引き摺る音と、粘ついた液体の滴る音。
頭蓋の中に反響する、少女の笑い声。
「(――ヒッ……!?)」
余りの恐怖に、知らず、押し留めていた筈の呼気が漏れた。
首吊りの縄が揺れる十三階段を、緩慢な動作で、昇らされている様にも錯覚する。
少女の足音が、刻一刻と近付いてくる。
……“ひた”……“ひた”……“ひた”……“ひた”……
(来るな……来るな……来るな……来るな……! 私はいない。ここにはいない。いない、いない、いない……! いないから、あっちにいって……! お願いだから……!)
……“ひた”……“ひた”……――――
少女の祈りが、天に通じたのか。
不意に、足音が消失した。
何かを引き摺る様な音も、滴る水音も、また。
反響する笑い声も消え失せて、迷宮の様な地下の牢獄は、ひっそりとした静寂を取り戻す。
(…………音……消え、た……? あっちに、いっちゃったのか……な? 私……助かった……の……?)
恐る恐る、少女は。
鈴仙・優曇華院・イナバは、硬く閉ざしていた瞳を開けた。
ゆっくりと、物陰から周囲を窺うように顔を覗かせ――。
「――ふふ」
瞬間。
“ぞくり”と、心臓に、氷の刃を差し込まれたかの如き感覚に、呼吸を止める。
「――見ぃつけたぁ」
「……ひっ……!」
目の前には、“にたり”と、歪な月の様に嘲笑う、狂気の似姿。
血塗られた姿で嘲笑う、吸血鬼の妹が、そこに居た。
「ふふ……さぁ。夜はまだまだこれからよ。二人で、もっとずっと、楽しい事を。気持ちいい事をしましょう? うさぎさん?」
「い……いやぁぁぁぁぁぁッ――!?」