とても気になることがある。
別段たいした問題でも無いのだが、気になりだすとそのことしか考えられなくなってしまう。言ってみれば
壁に付いた染みの様なもの、ひとつだけ不揃いな陳列棚の商品の様なもの、レミィのスペルカード名の様なも
の。
切欠は昨晩読んだ、一迅社より刊行されているグリモワール オブ マリサという本。よく家に本の盗難に
訪れる、霧雨魔理沙の書いた本だ。あの白黒がいつのまにこんなものを書いて印税収入を得ていたのかは知ら
ないが、その本の記述に気になる部分があったわけだ。
25ページ、魂魄妖夢のスペル、獄界剣「二百由旬の一閃」とやらについて、魔理沙が好き勝手な考察を述
べている。その中の「実は霊体のほうが本体なんじゃないか?」という記述。
青天の霹靂とはこのような心境を言うのではなかろうか?頻繁ではないにしろ、白玉楼の庭師、魂魄妖夢と
は知らぬ仲ではない。もし道端でばったり顔を合わせれば、お互いに敬意の込もった挨拶をし、気分が良けれ
ば四方山話に花を咲かせることだってあり得るかもしれない。私が道端を歩くことが無いので可能性としては
ゼロといっても差支えが無いのだが。
挨拶にしろ四方山話にしろ、ごく当然に話しかけるのは彼女の『人間側』のほうである。私が話しかけ彼女
が答える。コミュニケーションは成立している。だからごく自然に『人間側が本体』という認識が成り立つ。
だが本当にそうなのだろうか?半人半霊の生態について私は詳しくない。ああ、半分人間で半分幽霊なんだ
と漠然と認識している程度である。
もしこの『人間側が本体』という認識が誤りであったとしたら?本当は『霊体側が本体』で、人間側は霊体
に操られているだけだとしたら?さながらアリス・マーガトロイドとその人形のように……すると、どうなる?
……どうもならない。それによりなにかしらの決定的な変化が訪れるわけじゃない。
だが、確実に私や、それに彼女の周囲の認識は変わるだろう。道端で顔をあわせても挨拶するのは霊体に向
けて、話しかけるのも霊体に向けて。なんだか奇妙な光景だ。
そういう経緯があり、居てもたってもいられなくなった私は、今現在白玉楼に潜入している。姿を消したり
気配を消したりする都合のいい魔法を行使しているので見つかる心配は無い。
庭を一望できる和室では、白玉楼の主、西行寺幽々子がのんびりお茶を楽しんでいる。肝心の妖夢は所用で
出かけている様子だ。
どうでもいい事だが、この屋敷、無駄に広い。取り壊してトウモロコシ畑にしてそれを更に野球場にすれば
往年の大リーグ選手が集まってくるのではないかと思えるくらい広い。今、幽々子がお茶を飲んでいる和室も
ホテルの大宴会場の間違いではないかと思えるほど広い。畳がえーと、1、2、3……
「ただいま帰りました!」
畳を数えているうちに妖夢が帰ってきた様子だ。私の考察では、普段白玉楼の外では『人間側が本体』であ
るかのように振舞っているが、主と二人っきりの状況では、外聞を気にする必要がないので本当の本体がどち
らなのか判明するはずである、きっと間違いない。
幽々子の元に戻ってきた妖夢は、幽々子からなにかしら指示を受けた様子で、小さく頷くとそのまま退出し
てしまった。小声だったため幽々子が何と言ったのか聞こえなかったのが残念だ。
妖夢を追いかけようかどうしようか考えあぐねていると、今度は部屋に彼女の『霊体側だけ』がやってきた。
霊体は幽々子の隣りに腰掛けるというか落ち着くというか……その霊体の前に、幽々子が花見団子を差し出す。
霊体は小さく頷く……というか揺れるというか……。
これはつまり、やはり霊体が本体だということでは無いのだろうか?念のため人間側も探してみると、人間
側の妖夢は隣の部屋で、壁にもたれて座り、微動だにしなかった。……決定的だ。
我々の勝手な思い込みで『人間側が本体』だと認識してきたが、事実は誠に奇異な物であった。この事実を
どうするべきか私はまだ決めかねているが、とりあえずのところ気になることは解消されたのでスッキリした。
パチュリー・ノーレッジ
「幽々子様、さきほどの指示は何だったのですか?」
「うふふ、唯の悪戯」
buy erythromycin 500mg online