二対一
数で優位なのはお空の方。
しかしお燐は知っていた。この勝負は数が物を言うのではない。少数精鋭であることが、求められるのだと。
だからこそ、勝利に近いのはお燐であって、お空ではありえない。
そして狼狽するお空をあざ笑うかのように、表情を読みきったお燐は、最後の一手を容赦なく伸ばし。
「ねえ、あなたたち? 私のパジャマ知らない?」
「え?」
お空と一緒に居間でトランプに明け暮れていたお燐は、主の不意打ちに思わず手元が狂い。見事にお空のババを引き抜いてしまった。
あまりのことに、お燐は両手に一枚ずつカードを持ったまま停止してしまう。
もちろん、ババを入れ替えることすらできず。
「にゃ、にゃぁにい!?」
そこで、お空の目が光り、右手がお燐の左手のカードを空中に弾き飛ばす。
「し、しまった!」
「ふふふ……」
地霊殿重殺札ゲーム(通称ババ抜き)では、一瞬手を止めた時点でカードがセット状態となり、相手の札を奪うことができる。
ゆえに、さとりという主人に心を奪われたお燐は、すでに敗者だったのだ!
「ハートのエースと! スペードのエースで! フュージョンしつくすがいい!!」
「う、うにゃあああああああっ!!」
空中でお空がトランプを掴んで、お燐に見せつける。
そのトランプのエースから放たれた圧倒的な威圧感に、お燐はフロアの上を身悶えることしかできず。
敗戦の引き金を引いた主人の足にしがみついて、ふるふると、マミゾウが描かれたトランプを見せた。
「うぅぅぅぅ、さとりさまぁ、ばばぁ~」
「必殺、猫ぴん」
「うにゃあああああ」
「まったく、何時だと思ってるのよあなたたちは」
もう日付が変わったというのに元気なペットたちである。
感情が赴くままに単語だけわかりやすく発言したら、単なる悪口になったという悲しみを背負いながら、さとりのでこぴんに沈むお燐。
ごろごろと額を押さえながら転がりまわるお燐から視線を外し、さとりは仕方なく残ったお空に、ダメ元で話しかけた。
「あのね、お空。今日選択した私のパジャマが見当たらないんだけど。どこに行ったか知らな――」
さとりは、悟り妖怪である。
ダジャレではない、事実なのだから仕方ない。
だから、質問した瞬間にお空の頭の中に浮かんだとある事象を冷静に判断し、分析し。
というか、お燐とお空のちょっと奥にあるプラスチックのショーケースの中をジト目で眺めた。
「あのね、あのね? お空? 怒らないから、怒らないから教えてね?」
「うん」
「あれ、って。何?」
「さとり様が寝るときに着る服」
「うん、で、パジャマってなに?」
「寝るときに着る服」
(お空:私は着てないけど)
「……着なさい!」
「あー、怒らない! って言ったのにー!」
(お空:さとり様が寝てる時も一緒な服だと臭くなるからダメって言ったのに!)
「あのね、違うのよ? 私が言ったのは、パジャマを着なさいってことなのよ?」
「そんな難しいこと言われてもわかんないよ」
「あー、そっかー、んー、難しかったかー」
さとりは思った。
3歳児くらいの母親はこんな気苦労を毎日しているんだろうか、と。
しかし、何はともあれパジャマは見つかったのだ。
なんか重殺札ゲーム優勝賞品とかプラカードがかかってたりするのはすごくきになるが。
「で、お空は、お燐にかったのよね?」
「うん」
「あのパジャマはもともと私のものよね?」
「うん、でも今は私の」
「え? 違うよね? ね? お空? 私はあなたのご主人様、わかる? ねえ? わかって?」
言うのをわすれたが、さとりは今こっそり自室から抜け出している。
服脱いでさあ、寝ようと思った矢先にパジャマがないことが判明したので、実はかなりショッキングな布の面積だったりする。
だからこそ、パジャマを取り返すのは彼女の命題であり、使命なのだ。
ただ――
余裕を失いながらも、さとりはプラカードをもう一度みて。
何か言葉遊びでお空をなっとくさせることはできないか、と。
探っていたら、
なにかすぐに取れそうなのに気がついた。
「あ、お空! ちょっと見てごらんなさいこのプラカードを!」
これなら裏面に、
『実はこのゲームは嘘で、終わったらちゃんとさとりに返さないとダメ』
とかこっそり書いてやれば、お空を納得させつつ取り替えずことができる。
そう判断したさとりは素早く、居間の筆たてから鉛筆を一本抜き取ると、ショーケースの裏に回り込んで。
プラカードをケースから外した。
――さて、あとはさっさと文章を。
と、お空に見えない位置で鉛筆を握ったら。
その何も書いてないはずの裏面になにかが書かれているの気がついた。
『もし、このゲームで不正をしようとしたり。
プラカードの裏にイタズラをして無理やりパジャマを奪おうとする奴がいた場合。
このパジャマを来た優勝者と、私で、制服プレ……こほん。
朝まであそび続けること。
大会主催者 こいし』
さとりは、悟った。
ダジャレではない。
あー、なるほどねー。
そっかー。こいしかー。
っと。
こいしなら私に気づかれずに部屋に忍び込んだり。
パジャマ盗んだり。
いつの間にか私を後ろから羽交い絞めにできるわよね、と。
そして、さとりはその夜、ベッドの狭さを体験したのだった。