早朝の妖怪の山、守矢神社のお勝手から炊煙が立ち上っている。
その窓の向こうで、東風谷早苗はいつもの巫女服の上に重ねたエプロン姿で、小さな鍋にお玉を突っ込んでいた。
「ん……良い感じ」
味噌汁を一掬い小皿に取り、味を確かめる。
早苗自身の好みよりいくらか薄味だったが、それを好む人が、早苗のご飯を待っているはずであった。
「――そろそろ起きてくるはずだけれど」
居間の卓袱台には、質素ながらも朝食らしい朝食が二人分、向かい合う様に並べられている。
そのもう一つの朝食を食べるはずの人は、未だに起きて来ない。
「うーん……」
更にもう二分ほど待っても、やはり来ない。
おもむろに早苗は立ち上がり、右手に愛用の御幣を持って、寝坊助を叩き起こしに向かった。
「文さんっ!」
スパーン! と景気の良い音を立てて、襖が開かれる。
畳敷きの部屋の端の方には、膨れ上がっている布団がゆらゆらと動いていた。
早苗はずかずかとその布団まで歩いて行き、左手でわしづかみにする。
「起きてくだ――さいっ!」
ばふ、と布団が引っぺがされる。
「今日は天狗の会合が有るんで――」
その瞬間、早苗は停止した。
「んん……早苗?」
ゆったりとした白いパジャマ姿の射命丸文が、デフォルメされたカラスのぬいぐるみを抱えて、丸まっていた。
眠るのに邪魔だと横向きに広がっている塗れ羽色の羽根が、寝起きの文につられて小刻みにはためく。
その姿、まるで小鳥の様に。
「――あ、文さん、そろそろ起きないと、遅刻しちゃいますよ」
んー、と身体を起こして伸びをする文に、早苗は小さく言う。
驚異的なエネルギーを前に、早苗は一瞬で全てを持って行かれてしまっていた。
「ああ……昨日は遅くまで新聞書いてましたから。すぐに行きますよ」
「もう、ご飯出来てますから、早く、してくださいね」
早苗はまともに喋る事も出来ないまま、部屋を後にした。
強烈に叩かれた心臓は、しばらく早苗の胸の奥で跳ね回っていた。
そうして早苗が居間に戻り、待つ事数分。
ようやく姿を現した射命丸は、小鳥から鴉天狗になっていた。
「どうです、似合いますか?」
それは、普段の取材の時の姿しか見ていなかった早苗にとって、あまりにも衝撃的過ぎた。
白と黒を基調とした巫女服の様なデザインで、早苗の着ているものに似て、肩に入った切れ込みから地肌が見えている。
黒い袴を赤い帯で留め、きっちりと整った姿。
普段の文とまったく違う印象でありながら、いつもと同じ頭巾に背中の羽根といった部分が、射命丸文だと誇示していた。
「――」
またしても、早苗は停止する。
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ライア