数冊の本を手に、朝日が差し込む廊下を歩く。
木製の床が軋み、時代を感じさせる音を立てる。
ここは私の家でもあり、隣に併設された人里の寺子屋でもある。
人間の子供から迷い込んだ妖怪まで、さまざまな存在が出入りする学びの屋だ。
私はここの先生をやっている。
私の生徒は様々だ。
人間もいれば妖怪もいる。ボロ雑巾みたいな服を着ている農家の子もいれば、身なりのしっかりした着物、もとい制服の子供もいる。
家庭の事情は様々だろうが、ここでは身分の差なんてない。みんなが一様に学び、教えを請う場だ。
私が目指していたもの、理想の空間がここにはあると信じている。
それはきっと、いつか誰かが目指したものにも違いがないだろうから。
「おっと」
気がつけば、廊下の行き止まりに達していた。
目の前には古びた木製の戸がある。私は大きく深呼吸をし、その取っ手に手をかけた。
横開きの戸は、年月を感じさせるきしみ音を立てて開き、朝の風が頬をなでる。
畳の上に長方形の机が並べられた空間、寺子屋の教室がそこにあった。
そばに置かれた座布団には子供たちが正座し、思い思いの道具を机の上に広げている。
「よし、みんないるな。おはよう」
『おはようございまーす』
背丈も恰好も様々な子供たちが一斉に礼をする。
その頭に微笑みかけて、私は前方におかれた大きめの座布団に腰を下ろした。
と、一番前の席にいたいがぐり頭の少年が、私の姿をまじまじと見て、不思議そうな声をあげた。
「あれー先生、今日は変な格好してます。いつもは紅白なのに」
「あ、この前カフェにきた妖怪さんが着てた服に似てるね。ドレスとかパジャマとか言ってた」
隣の少女も同調する。なるほど、彼らはこの姿の私をみるのは初めてらしい。
「ああ、これか? たまに着ているんだ。単なるお洒落だと思ってくれていい」
足元にのびだした青と白のすそをつまみ上げ私は小さく笑う。
時折着ているのだが、足元が妙にスースーしてしょうがない。
それにしても、ドレスはともかくパジャマとは。
今思うと、普段からこの服を着ていた奴は、傍から見るとよほど恥ずかしい恰好だったのかもしれない。
「たまには気合いを入れないと怒られてしまうからな。さ、お前たちも気合いを入れて、今日の講義を受けろよ」
『はーい』
元気のいい声が返り、教室内に穏やかな空気が流れる。
それを見届けて、私は今日の講義、歴史の教科書を開いた。
穏やかな空気の中、時は、ゆっくりと進んでいく。