雪が降ると思い出すことがある。
それはまだ私が白蓮と出会う前、海に囚われた地縛霊として罪の無い命を奪っていた頃のこと。
冬の厳しさは海にも変化をもたらし、体の芯まで凍らす寒風に波は激しさを増す。
その日も時化で海は荒れていた。
こんな日に船を出そうだなんて漁師はいない。
厳しく荒れる海は優雅な船旅にはほど遠く、こんな日に海を渡ろうだなんて考えるのは止むにやまれぬ事情を抱えた者くらいだ。
雪の舞い散る日だった。
その船も、きっと公言できない事情を載せて、激しい荒波に揺さぶられていたのだろう。
決して大きくない船は、押し寄せる高波にたゆたう木の葉のような儚さで、私がなにもしなくても沈んでしまいそう。
しかし私にそれを見過ごす気は無かった。
船を沈ませるのは結果であるが、私にはそれはさして重要ではない。
船を沈ませようと私がすることが重要。
海に囚われた幽霊によって船が沈まされてしまう。人々がそれに絶望する。
その絶望こそが、私の凍てついた心を救ってくれると、そう信じていた。
半ば沈みかけたその船に取り憑く。
慌ただしく行き交う船員に向け、私は柄杓を振るう。
生きて、生きようとして、生きることを諦めていないこいつらが憎い。
私や私の船員たちが暗い海底に沈み囚われているというのに。
冷たい海の水が船倉に充たされていく。
船員の顔が絶望に染まっていく。
絶望の眼差しに私の心が癒やされていくようだ。
ふと、異質な視線を感じる。
船員に隠れるよう私を見つめる、一人の少女。
その目に浮かぶのは、哀れみの色。
……気に入らない。
「この船はじきに沈む。船幽霊の私が沈める。ここは海の上、助かる術は無い」
少女を怯えさせようと私はわかりきったことを教えてやる。
少女の表情に変化は無く、その視線は私を哀れむばかり。
「おまえは間もなく死ぬんだぞ! 凍りつくような海に溺れて、苦しみながら死ぬんだぞ! 怖くないのか!!」
声を荒げる私に向ける少女の視線に浮かぶのは、深い哀れみ。
やがて船は海中に没する。
哀れな船員と少女を連れて、渦の中にゆっくりと沈んでいく。
暗い海の中を海底にゆっくりと落ちていく少女は、私を見て、静かに口を開いた。
「……かわいそう」
私は気付く。
その少女に、死を目前にしながら達観するその表情に。
私は恐怖していたのだと。
海に囚われていた私。
白蓮に出会い、私の恨みは晴れ、私は救われた。
けど、今でも雪を見るとあの日のこと、あの少女のことを思い出す。
少女のあの冷たい哀れむ視線を思い出す。
それは私の心を酷くざわつかせる。
そして私はわからなくなる。
はたして。
私は、私の心は本当に救われたのだろうか?
●『哀色の冬の海』 生煮え氏
かじつ@参加 (2012-11-18 00:36:58)
どぞー。
生煮え@参加 (2012-11-18 00:37:04)
よろしくおねがいします
ぴす@参加 (2012-11-18 00:37:12)
こやつ! あとがきでぼけおったぞ!
かじつ@参加 (2012-11-18 00:37:35)
これもよかったのだけど,ややストレートだっただろうか。
南瓜@参加 (2012-11-18 00:37:57)
あとがきで落とすのはよろし
Ministery@失格 (2012-11-18 00:38:01)
妄想力が問われるな・・・!
ぴす@参加 (2012-11-18 00:38:06)
ストレートにやりすぎて、照れ隠ししたのかな(私がよくやる
水無月海月 (2012-11-18 00:38:14)
「その日も時化で海は荒れていた。」これって馬から落馬したから落ちた的な感じがする
かじつ@参加 (2012-11-18 00:38:30)
後書きはいいねw
水無月海月 (2012-11-18 00:39:00)
あとがきは卑怯ナリ(褒め言葉?
南瓜@参加 (2012-11-18 00:39:04)
その日も時化だった。で不足はないですね
かじつ@参加 (2012-11-18 00:39:16)
確かにそうだな。
這い寄る妖怪@参加 (2012-11-18 00:39:23)
少女の方を追っかける話で読みたいな。
かじつ@参加 (2012-11-18 00:39:40)
そうだなぁ。少女側から見たかった気もする。
這い寄る妖怪@参加 (2012-11-18 00:39:45)
クライマックスを切り取りました的な印象がある。
生煮え@参加 (2012-11-18 00:39:45)
なるほど >時化
Ministery@失格 (2012-11-18 00:39:52)
いやあ、少女側から見るのは野暮だと思うなあ
水無月海月 (2012-11-18 00:40:21)
全体的に純文っぽくて好き
ぴす@参加 (2012-11-18 00:40:22)
結局千兆さんは船幽霊だけど自分の生き方否定してる感じなのね
かじつ@参加 (2012-11-18 00:40:23)
村紗側からやっちゃうと,よくある話になってしまうのが問題。
南瓜@参加 (2012-11-18 00:40:28)
それをきっかけに村紗がどう、ってのが重要だと思うので、少女はそこまで重要とは思いませんでした
ぴす@参加 (2012-11-18 00:40:30)
なんか熱い人になった
南瓜@参加 (2012-11-18 00:40:44)
ありがちはそうかもしれませんね
水無月海月 (2012-11-18 00:40:46)
ただ、そうなってくると描写が些か雑っぽい
Ministery@失格 (2012-11-18 00:41:20)
哀れみ以外に表現に乏しいね
水無月海月 (2012-11-18 00:41:23)
あれた海の表現はもうちょい丁寧でもいいかもかも
かじつ@参加 (2012-11-18 00:41:32)
そこかな。描写かな。
南瓜@参加 (2012-11-18 00:41:46)
時間があって長ければ、白蓮に救われるまでの出来事としてよい一場面とは思いますが
生煮え@参加 (2012-11-18 00:41:51)
うん、今後の課題ですね
南瓜@参加 (2012-11-18 00:41:57)
その点でも「切り取った」印象があるのでしょうか
水無月海月 (2012-11-18 00:42:03)
いわゆる内面描写を重くしてるけど、外から感じる五感があまり感じられない
Ministery@失格 (2012-11-18 00:42:08)
うーん、けっこうこの少女と村紗の距離感好きなんだけれどな
Ministery@失格 (2012-11-18 00:42:31)
ただその着地点が救いだどうだってのは勇み足だったように思う
這い寄る妖怪@参加 (2012-11-18 00:42:32)
ナマの印象ぽいとは思います<五感が感じられない
ぴす@参加 (2012-11-18 00:42:44)
ただね、聖と出会って救われていないって感じにするときは
かじつ@参加 (2012-11-18 00:42:50)
距離感はいいと思う。
ぴす@参加 (2012-11-18 00:43:09)
どこか船幽霊っぽさ残してないと成り立たない気がするんですよね
水無月海月 (2012-11-18 00:43:11)
そこが辛い、どこまでつっこんでいいのか
かじつ@参加 (2012-11-18 00:43:34)
改心はし切ってないよね,ムラサ。
ぴす@参加 (2012-11-18 00:43:42)
船沈めるのやめました~、聖と一緒にいます
Ministery@失格 (2012-11-18 00:43:50)
あと題名よくない? 私はすごく評価する
ぴす@参加 (2012-11-18 00:43:58)
その憐み? 少女はそのこと知らないはずだし
生煮え@参加 (2012-11-18 00:44:00)
口授のあれは害悪ww
ぴす@参加 (2012-11-18 00:44:09)
なんかその辺がね
ぴす@参加 (2012-11-18 00:44:50)
船長どっち方面でしばられてんのん?
ぴす@参加 (2012-11-18 00:44:55)
ってきがしてね
南瓜@参加 (2012-11-18 00:44:56)
幻想郷縁起に関しては阿求が私怨ででまかせを書いたと解釈する大技もあります
Ministery@失格 (2012-11-18 00:44:58)
逆に考えるんだ、何も知らなくとも村紗を見て哀れんでしまうような境遇だった少女だったと考えるんだ
南瓜@参加 (2012-11-18 00:45:31)
意味もないのに船を沈めようとする、哀れだな
南瓜@参加 (2012-11-18 00:45:36)
とはとれますかね
生煮え@参加 (2012-11-18 00:45:55)
なんか漠然と、少女からはムラサが空回りしてるように見えた的な感じです
這い寄る妖怪@参加 (2012-11-18 00:46:02)
胸がかわいそゲフゥ
かじつ@参加 (2012-11-18 00:46:05)
そりゃあムラサの表情などを少女が反射しているんじゃないの。描写として。
南瓜@参加 (2012-11-18 00:46:17)
舟幽霊自体水難事故で死んだってのもあるわけで、そこまで恨み持って死んだ、哀れだなとも
ぴす@参加 (2012-11-18 00:46:26)
そうなると、今のムラサが船沈めずに生活できてるとするなら、少女の視線の意味がまったくなくなる(意味もないのに
かじつ@参加 (2012-11-18 00:46:45)
それはきっとアレだよ
Ministery@失格 (2012-11-18 00:46:56)
舟幽霊になるなんて可哀相ってことじゃない?
かじつ@参加 (2012-11-18 00:47:12)
エーミールの「そうか,そうか。君はそういう奴だったんだな」っていうのを思い出して,大人になってからも「ウワァァァァ」ってなるような……
ぴす@参加 (2012-11-18 00:47:38)
深いこと考えるとするなら、ミニさんの船幽霊可哀そうは一番たどり着いたらダメな結論な気がするw
水無月海月 (2012-11-18 00:48:05)
距離っぽさはディスパクしてるから悪いのかな
Ministery@失格 (2012-11-18 00:48:06)
えっ
水無月海月 (2012-11-18 00:48:41)
ちょっと本気出して読まないとまずいかも
ぴす@参加 (2012-11-18 00:48:43)
船幽霊になるなんてかわいそう+だからこんなに○○なんだね? っていうのがないと
ぴす@参加 (2012-11-18 00:49:02)
+アルファがないと、なんかもったいない
生煮え@参加 (2012-11-18 00:49:17)
ああ、もう一段踏み込むべきということですね
這い寄る妖怪@参加 (2012-11-18 00:49:29)
少女はもっと言葉責めすべきだった?
生煮え@参加 (2012-11-18 00:49:31)
そこは考えが浅かったかも
かじつ@参加 (2012-11-18 00:49:37)
言葉責め……
ぴす@参加 (2012-11-18 00:49:41)
にゃうにゃう
Ministery@失格 (2012-11-18 00:49:44)
舟幽霊になるくらいならおとなしく死んでおけばよかったのに、ということではないか
ぴす@参加 (2012-11-18 00:50:17)
居間が平和なら、聖に救われてあの視線を真摯に受け止められるようになったとか
南瓜@参加 (2012-11-18 00:50:18)
言葉責めが有ったら、上手く村紗との対比というか、影響を及ぼせないと思いました
Ministery@失格 (2012-11-18 00:50:33)
僕の妄想では少女は奴隷で、早く死にたがっていた、村紗のように死んでも舟幽霊としてこの世にあることは憐憫の対象だった
南瓜@参加 (2012-11-18 00:50:33)
あのくらいあっさりの方が未練の無い感じはします
ぴす@参加 (2012-11-18 00:50:38)
船幽霊としてまだ買われてないなら、あの視線をもう一度浴びてみたい自分がいるとか
生煮え@参加 (2012-11-18 00:50:40)
(書きながら、ムラサと一緒に沈んだ船員は船幽霊にならなかったんだろか? という素朴な疑問が
かじつ@参加 (2012-11-18 00:50:43)
色々詰られたほうがダメージが減る可能性もある
Ministery@失格 (2012-11-18 00:51:26)
最後の救われたのか、というのは舟幽霊としてあるのではなく成仏することが自然であり救いなのではないか、という自問
ぴす@参加 (2012-11-18 00:51:43)
あれです、途中まで私は好きな流れなのですが
Ministery@失格 (2012-11-18 00:51:44)
妄想がはかどるな・・・!
ぴす@参加 (2012-11-18 00:52:06)
その流れで一番最後の結論が、ん? ってなったってことです
かじつ@参加 (2012-11-18 00:52:13)
さてさて,そろそろ次ですよー。
生煮え@参加 (2012-11-18 00:52:25)
ありがとうございました
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