黴臭い古書店はお世辞に言っても綺麗ではない。むしろ汚い。
斜陽が店を照らしてはいるが、それでも尚薄暗いと感じるのは私が汚れているのか、将又……いや止めておこう。
鎮座している本は塵埃を纏い、棚に陳列している書籍も日焼け跡が著しい。
内心、こンなんで商売になるのかなんて嘆息してみたりも。
が、紛い間違っても本屋であり虚構と実を取り扱う場である。想いが猖獗した夢の跡地とでも謂おうか。
慇懃無礼且つ低姿勢――そんな表現がしっくりくる。
「むー」
思わず懊悩が口から出てしまった。
慧音に言われるが儘、唯々諾々と足を運んでしまったが……。私のような奴には相応しくない場所だ。
「『この本買ってきて』って……無茶だよ」
左手に彼女直筆のメモ書きには『男を騙す教本』『ナチュラルメイクQ&A』他数本……何に使うんだ、つーか古書店じゃ販売してないだろ。
「はァ」
嘆息一つ吐くと白い煙が宙に掻き消える。
でも慧音、相当慌てて様子だった。彼女自身明日の授業の準備があるから手が離せないらしいし。
でもって、明後日の日曜日はお見合いらしい。
まぁ、彼女の事だ。仮に見つけられなくても怒られることは無いだろう。
そんな思索に耽りながら、我が生き様を写したみたいな緩慢な動作で目的の本を探し始めた。
「あら、珍しいわね。貴女も読書が趣味なのかしら」
背後から声が聞こえた。振り返るとそこには声の主と思われる少女がいた。私と同じ背丈か少し小さいぐらいだろう。
碧瑠璃色の双眼を整った容《かんばせ》に張り付かせる表情の薄い少女だが、砂金を振りまかんばかりの蜂蜜色で染め上げたような髪色と絹のように白い肌は宛ら妖精と説明されてもなんら違和感はないだろう。白いレースが組み込まれた三段重ねの海神色のゴシックドレスから伸びる手足も――まるで人形みたいだと、素直に感嘆する。
そんな彼女の名前を私は知っていた。
「アリス……」
ほど二週間ほど前にも一度顔を竹林で顔を合わせた事がある。
「何、私忙しいンだけど」
対して急いでもないが、彼女と会話するのは憚られた。何となく同類だって気がする。
こんなのは唯の直感であり、思惟の課程を飛ばした妄想でしかないのだが。
「何それ」
いつの間にかアリスは小さな双眼鏡みたいな得物を耳にかけている。その形は耳から眼前まで、細い棒で繋がれており視界部分は透明なもので装飾されている。
「……呆れた。眼鏡も知らないの?」
「虫眼鏡の亜種?」
「違うわよ。これは、その、矯正器具の一種とでも言いましょうか」
「遠くのモノも見えるのか」
「見てみる?」
彼女の手渡されたソレは意外なほど軽かった。恐る恐る、見よう見まねで装着してみる。
なんだこれ。頭痛くなる。よく見えるどころか余計に歪むじゃないか。
「あら、貴女視力はいい方なのね。目つき悪いから視力も悪いのかと」
アリスは自嘲めいた笑みを浮かべ、
「目が悪くなっちゃうとね。文字も満足に読めないの。遠くのモノも近くのモノも、全部ぼやけちゃう。大切な人も好きな人も」
なんて呟いた。
「ふゥん。大変なんだな」
「ええ、とっても。だからこのアイテムは私の大切なものなの――私、買う本見つけたから、じゃね。バイバイ」
あっけらかんとそんなことを言いつつ、アリスは踵を返し、カウンターへと向かっていく。
「全部、ぼやけちゃうのか」
ふゥん。
「……えっと、作者順で『サ行』か……」
少しだけ、本気で探してみることにした。
斜陽が少し強くなった気がしないでもない。
『無題』 のんc氏 21分~29分ごろまで
のんc (2012-11-28 23:21:36)
おねがいしますー
I・B@司会 (2012-11-28 23:21:40)
どうぞー
ぴす (2012-11-28 23:21:54)
たいとるつけなかったのはわざと?
這い寄る妖怪(参加) (2012-11-28 23:22:13)
みっちり。
のんc (2012-11-28 23:22:22)
いや、タイトル考えるのがつらかったです(泣
みかん (2012-11-28 23:22:51)
文章の雰囲気は古本屋っぽかったと思います。物語的には古本屋でない書店でも差し支えないように思えました。
のんc (2012-11-28 23:23:43)
十一行目でのごり押しでは弱かったのか……(反省
I・B@司会 (2012-11-28 23:23:43)
文学小説読んでるような気分。短い中でもやりたいことやれてて良かった。
みかん (2012-11-28 23:24:14)
十一行目からは,お題を含ませようと頑張っている感じが伝わって来ました。
ぴす (2012-11-28 23:24:31)
そだね、なんか窓が大きめの本の保管には向いてなさそうな、古いお店
這い寄る妖怪(参加) (2012-11-28 23:24:56)
光景が頭に浮かんできそうな描写ですよね
ぴす (2012-11-28 23:25:12)
ただ、テーマがおいついてなかったかんじですかね
I・B@司会 (2012-11-28 23:25:28)
まぁただ、別にコメディの雰囲気でもなく、またそれがあとでオチに繋がる訳でもないなら慧音の頼んだ本のタイトルは別に普通の物で良かった気がする。物語の雰囲気的な意味で。
みかん (2012-11-28 23:25:32)
私は迷ったのですが,慧音のメモにある書物のタイトル。これがコメディ要素で面白みを醸し出していることはわかるのだけれども
のんc (2012-11-28 23:25:34)
眼鏡の使い方とかどうでしたか?
這い寄る妖怪(参加) (2012-11-28 23:25:46)
のんcさんも、眼鏡を賭けてる姿そのものが好きなタイプ、だと思う。
のんc (2012-11-28 23:25:50)
というか、……一人称だけれど名前が分かる描写少ないな
みかん (2012-11-28 23:26:01)
どちらかといえば「古本屋にしかなさそうなタイトル」であったほうが,お題への苦しさは解消されたのではないかと。
のんc (2012-11-28 23:26:17)
なるほど
みかん (2012-11-28 23:26:33)
ただ,現状が面白みを出しているのも確かなので,難しいところです。
這い寄る妖怪(参加) (2012-11-28 23:26:50)
でもあの手の実用書や新書って何故かあちこちの古本屋で見るよw
ぴす (2012-11-28 23:27:09)
そだね、普段からぼやけて見えると、常にメガネしてないとダメみたいになるし
みかん (2012-11-28 23:27:15)
もしかすると,フォローがあれば良かったのかも知れないですね。
のんc (2012-11-28 23:27:23)
フォロー??
ぴす (2012-11-28 23:27:33)
若干普段からして無いキャラの設定にしては無理があったやも?
みかん (2012-11-28 23:27:40)
「つーか,こんなの古本屋にあるのか? ……いや,こういう流行りすたりの激しそうな本は,案外こういうところにあるものかな」
みかん (2012-11-28 23:27:47)
みたいな理屈付けと申しましょうか。
みかん (2012-11-28 23:28:00)
もちろん,説明臭くなっては困りますけれども。
のんc (2012-11-28 23:28:18)
なるほど! アリス眼鏡はちょっと無理展開かしらかし
這い寄る妖怪(参加) (2012-11-28 23:28:23)
それなら後半は地の文にするかなー
みかん (2012-11-28 23:28:39)
アリスが眼鏡を掛けているという光景。それはプライスレスだと思いますj。
ぴす (2012-11-28 23:28:44)
遠視とかなら大丈夫なんじゃない?
みかん (2012-11-28 23:28:48)
ゆえに,よいものだと思いました。
I・B@司会 (2012-11-28 23:29:09)
説明臭い方が無いよりマシとととるか、説明臭いなら無い方がマシととるか、ですかね。
ぴす (2012-11-28 23:29:16)
近くは見えるけど、遠くダメとか、遠くダメだけど近くは見えるとか
I・B@司会 (2012-11-28 23:29:23)
ではそろそろ次
みかん (2012-11-28 23:29:26)
どちらかといえば,説明臭くないように練り込めばいい,と思いました。はい。
のんc (2012-11-28 23:29:43)
了解です! 色々ありがとうございましたー!