漆黒の翅をもつ蝶の群れが、夥しいほど群れを成して飛んでいるかのような夜空だった。
幾百にも瞬く星々の煌きは、その翅から零れ落ちた鱗粉にも似ている。
降り注ぐ月の光は、風雨と年月とに削られて、色褪せ、朽ち果てた信仰の残骸を静かに洗っていた。
打ち捨てられ、訪れる信徒もいなくなって久しい教会の残骸だ。
掲げられた十字架も、聖母の慈愛を讃える像も、かつては礼拝堂の中を極彩に照らし出したステンド・グラスも、無残に砕け散っている。
廃墟とかした教会は、人々の記憶から忘れ去られることで遂には幻想に成り果てたか。
幻想郷の片隅に、ひっそりと夜の闇に抱かれるようにして佇んでいた。
その廃墟の、崩れた壁の穴を潜って響く、虫たちの鳴き声や獣の唸り声。夜行性の鳥どもの、どこか哀切の調べを伴う鎮魂歌にも似た囀りが入り混じる、無音ならざる静謐の帳が、大気を無遠慮に叩く、強靭な翼の羽ばたきによって乱された。
月と星の青ざめた照明が照らし上げる、一人の観客もいない淋しい舞台の上へと降り立ったのは、闇の色を、鮮血の艶やかさに塗り替える、夜と血の恩寵を受けた高貴なる女王に他ならない。
〝永遠に紅い幼き月〟レミリア・スカーレット。
紅い館を支配する吸血鬼の少女である。
夜の暗がりを殊のほか嗜好する吸血鬼にとって、心地良い妖気に満ちた今宵の幻想郷。
数多の妖怪、霊魂たちと同じくして、レミリアも、人外には抗い難い魔性の誘惑を投げ掛ける夜空の遊泳を楽しんでいた途中であった。
そんな折、幻想郷では滅多に見かける事のない、信仰の象徴に十字架を掲げる神の家の残骸を偶然にも発見し、その朽ち果てた聖域に舞い降りた次第である。
レミリアは、僅かばかりの郷愁と侮蔑とが入り混じった視線を、廃墟の中に彷徨わせる。
そして、埃に塗れた聖母の像と、吸血鬼にとって決して侵すことが出来ぬと伝えられている存在の威光を、今も高々と掲げ上げる十字架を仰ぎ見て、より一層、口元に刻んだ笑みを酷薄に歪ませた。
「なんだ。洋の東西は違えども、結局は、現代の神様の末路ってこんなものなのね」
脳裏に描くのは、外の世界から幻想郷に渡り来た、妖怪の山に神社を構える神の姿。
人に忘れ去られた幻想の行き付く先は、憐れなものだと静かに哂う。
「信徒は去り、信仰は潰え、幻想に堕ちてまで怨敵である吸血鬼に、朽ち逝くままの聖域を穢される。その心は如何なものかしら。ねぇ、聖母さま?」
レミリアの問いに、冷たい聖母像は当然の如く答えを返さず、空虚な眼窩で礼拝堂を踏み躙る侵入者を見つめ続けている。
青白い月明かりに照らされたその姿が、涙を流しているようにも見えるのは、果たして気の所為であろうか。
「ふふ。まぁ、相容れぬ敵であるとは云え。やはり、この雰囲気はいいわね。幻想郷は、私たちにとっては住み良い環境ではあるけれど。全体的に和のテイストなのが気に入らなかったところよ。後から、咲夜にいって、貴方は私の館に持って来させるわ。私の度量に感謝してくださいね、聖母様。忘れ去られていくだけの貴方を、こうして救ってあげるのだから」
“くつくつ”と、押し殺すように笑い、喜悦に細まる眼差しで聖母へと語りかけた。
そして、身にまとうドレスの裾を摘み上げ、優雅に一礼する。
「貴方には、心から歓迎の言葉を差し上げます。ようこそ、幻想郷へ。そして、ようこそ。私の支配する夜の世界へ。光の恩寵に馴れたその身には、しばらくは辛いものとなるかも知れませんが。なに、愛の深さで知られる貴方のこと。直ぐに、この闇と紅い月の光にも馴れることでしょう。それまで、どうかゆるりと。私の館にて御寛ぎくださいませ」
頭を上げたレミリアの顔は、かつての怨敵である教会の信仰の象徴ともいうべき聖母を踏み躙る、優越に酔い痴れて美しかった。
●『カリスマ溢れるように見えるけど騙されるな! 傍から見たら、ただの痛い独り言だぜ!』 銀狐夜々さん
いちご@参加 (2012-12-16 01:44:24)
どぞっぞ。
つくね@鈴仙と参加 (2012-12-16 01:44:28)
ややさん的
U.N.owen(参加) (2012-12-16 01:44:29)
一行目で吹いた
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 01:44:33)
特にないでしょ?
常@参加 (2012-12-16 01:44:41)
濃い。
這い寄る妖怪(参加) (2012-12-16 01:44:45)
タイトルで完結している
いちご@参加 (2012-12-16 01:44:48)
思ったんだけど
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 01:44:51)
流石だと感服しましたね
いちご@参加 (2012-12-16 01:44:51)
ややさんって
いちご@参加 (2012-12-16 01:44:57)
レミリアと相性いいんじゃない?
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 01:45:04)
そうか?
U.N.owen(参加) (2012-12-16 01:45:08)
あぁそうだった、ややさんはこういう人だった。と、改めて認識した。
つくね@鈴仙と参加 (2012-12-16 01:45:17)
なんだろう、こう、紅魔城のあの感覚。
いちご@参加 (2012-12-16 01:45:20)
大仰でゴシックな感じが
常@参加 (2012-12-16 01:45:22)
そんでもこの濃さが癖になるような。
いちご@参加 (2012-12-16 01:45:26)
レミリアとマッチしている感。
南瓜(参加) (2012-12-16 01:45:27)
仰々しさとレミリアが相性がいいとは
這い寄る妖怪(参加) (2012-12-16 01:45:57)
ごくごく単純に、45分でこのゴシックふぁんたじあな3kbを書ききったのは凄い。
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 01:46:07)
最後の台詞なんて痺れますね
U.N.owen(参加) (2012-12-16 01:46:09)
うん
いちご@参加 (2012-12-16 01:46:12)
ですね。
這い寄る妖怪(参加) (2012-12-16 01:46:34)
でもタイトルww
つくね@鈴仙と参加 (2012-12-16 01:46:41)
タイトルさえなければ普通に読めたと思うのは私だけだろうか
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 01:46:45)
このレミリアは味噌汁のまなさそう
常@参加 (2012-12-16 01:46:46)
優越感もレミリアも書ききってるのが凄いですね。
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 01:46:50)
いや、思いつかなかったんだよ、タイトルw
いちご@参加 (2012-12-16 01:47:00)
私なら一行目でSAN値が底をつきそうなところを
南瓜(参加) (2012-12-16 01:47:01)
勢いがあります
いちご@参加 (2012-12-16 01:47:06)
よく書き切ったな,と。
常@参加 (2012-12-16 01:47:27)
タイトルは……タイトルが……オチに。
U.N.owen(参加) (2012-12-16 01:47:27)
シメまでしっかりしてますし
南瓜(参加) (2012-12-16 01:47:29)
じっくり読むと
南瓜(参加) (2012-12-16 01:47:32)
漆黒の翅をもつ蝶の群れが、夥しいほど群れを成して飛んでいるかのような夜空
南瓜(参加) (2012-12-16 01:47:40)
ってどんな絵というのもありますが
サバトラ@見学 (2012-12-16 01:47:46)
あ、私も思った。
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 01:47:54)
タイトルは自虐ネタですね
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 01:48:10)
いや……こう、夜空の表現方法に、新しいのはないか模索してみてね
いちご@参加 (2012-12-16 01:48:37)
そこで模索した揚句「漆黒の(ry」に辿りつくのがすごい。
U.N.owen(参加) (2012-12-16 01:48:43)
表現の1つ1つがとても綺麗なのに、こう噛み砕いて想像してみると……
つくね@鈴仙と参加 (2012-12-16 01:48:53)
>漆黒の翅をもつ蝶の群れが、夥しいほど群れを成して飛んでいるかのような 「なんだろう……?」
つくね@鈴仙と参加 (2012-12-16 01:49:01)
>夜空 「あ、夜空か」 みたいな感覚
サバトラ@見学 (2012-12-16 01:49:27)
ややさんの文章は、マッチしないお洒落感がネックかなぁ
這い寄る妖怪(参加) (2012-12-16 01:49:27)
いや、この表現よく分かるよ。
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 01:49:32)
うーむ、蝶の群れで夜空を喩えるのは無理があったか
いちご@参加 (2012-12-16 01:49:35)
おお!
常@参加 (2012-12-16 01:49:36)
蝶→鱗粉 ってつなげるのは
いちご@参加 (2012-12-16 01:49:40)
理解者が!
南瓜(参加) (2012-12-16 01:49:45)
鱗粉はわかりました
常@参加 (2012-12-16 01:49:46)
良いなぁと思ったけど
南瓜(参加) (2012-12-16 01:49:48)
あとは
U.N.owen(参加) (2012-12-16 01:49:49)
ややさんオサレ
南瓜(参加) (2012-12-16 01:49:50)
>夜行性の鳥どもの、どこか哀切の調べを伴う鎮魂歌にも似た囀りが入り混じる、無音ならざる静謐の帳が、大気を無遠慮に叩く、強靭な翼の羽ばたきによって乱された。
這い寄る妖怪(参加) (2012-12-16 01:50:04)
細切れの雲が強い風に流されているような空。
南瓜(参加) (2012-12-16 01:50:15)
この辺はかなり無音と音が入り交じってる感が
サバトラ@見学 (2012-12-16 01:50:16)
……?
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 01:50:28)
あー、でもほら。こう、キャンプとかに言った時にさ
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 01:50:31)
そのあたりは、それが正しい読み方なのかはわかりませんが、流し読み的に雰囲気を楽しむ感じでしたね、僕は
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 01:50:42)
虫の声が聞こえても、静かだなーって感じることない?
南瓜(参加) (2012-12-16 01:50:45)
静謐←→強靱な羽ばたき
いちご@参加 (2012-12-16 01:50:48)
生煮えさんの読み方が一般的なのかなと思ったのですが……
常@参加 (2012-12-16 01:51:02)
戯曲みたい
南瓜(参加) (2012-12-16 01:51:04)
くらいの方がわかるとは
サバトラ@見学 (2012-12-16 01:51:18)
流し読み的に雰囲気を楽しむ感じ は確かに。
常@参加 (2012-12-16 01:51:21)
私もさらーっと読んだ。
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 01:51:30)
なんか無音じゃないけど静かと感じる、あの雰囲気を目指したかった
いちご@参加 (2012-12-16 01:51:32)
タイトルはこれちょっと変えたほうがいいと思う
いちご@参加 (2012-12-16 01:51:47)
いっそタイトルまで突き抜けたほうがややさんらしい
這い寄る妖怪(参加) (2012-12-16 01:52:29)
タイトルで完全に完結しちゃってるんですものw
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 01:52:37)
いま急に見つけた引っ掛かりですが
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 01:52:51)
えーと、じゃあ……タイトルねぇ……
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 01:52:51)
> “くつくつ”と、押し殺すように笑い、喜悦に細まる眼差しで聖母へと語りかけた。
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 01:53:10)
“くつくつ” が美しくないです
常@参加 (2012-12-16 01:53:17)
視覚的に文章が賑やかだから、静謐感が薄れるのかなぁ
サバトラ@見学 (2012-12-16 01:53:20)
なんか気になったのは、聖母像に人格を与えてるところで、神社と教会の性質的に、忘れ去られたというのがしっくりこなかったです。
いちご@参加 (2012-12-16 01:53:54)
モノ化していそうですね。幻想に入ったのなら。
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 01:54:04)
うーん、そうだねぇ。
サバトラ@見学 (2012-12-16 01:54:04)
教会のひとつが朽ちただけだと思ってしまったから。
いちご@参加 (2012-12-16 01:54:11)
そうでないなら廃墟ではない気がします。
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 01:54:49)
とりあえず、御題を聞いて思い浮かんだのが、夜、さびれた教会、舞い降りるレミリアだったので
サバトラ@見学 (2012-12-16 01:55:21)
神社だと必ず祀られている神様がいて、その神様の根城のようなものだから、神社が朽ちてたら=神様蔑ろにされたんだなぁって思うんですけど。
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 01:55:21)
幻想郷に教会がある理由とか、適当にでっちあげただけなのよね
サバトラ@見学 (2012-12-16 01:55:51)
教会はなんか、信者のためのものというか。
南瓜(参加) (2012-12-16 01:55:52)
レミリア目線なのでレミリアはそう思ったんだろう
南瓜(参加) (2012-12-16 01:55:59)
は思いますかね
つくね@鈴仙と参加 (2012-12-16 01:56:00)
脳みその無い吸血鬼の考えることですし、信仰の在り方の違いとかその辺は無視しても良いかなーと。
サバトラ@見学 (2012-12-16 01:56:01)
だとは思うんですけどね。
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 01:56:05)
そうなのよね。あっちは教会が一個つぶれても、全体としての信仰は強固なのよね
南瓜(参加) (2012-12-16 01:56:12)
神社と寺の区別もついてないのがレミリアなので
サバトラ@見学 (2012-12-16 01:56:31)
レミリアだから、というのはあるように思います。
いちご@参加 (2012-12-16 01:56:39)
レミリアだから(説得力
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 01:56:47)
ww
サバトラ@見学 (2012-12-16 01:56:47)
まあ、だからタイトルなくてもちょっと滑稽さは感じたかなぁ
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 01:57:32)
幻想郷のでなく、ただの寂れた教会でもよかったのだが。
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 01:57:37)
じゃあ聖母像に付喪神が
常@参加 (2012-12-16 01:57:42)
この滑稽さも含めて、良いな。
サバトラ@見学 (2012-12-16 01:57:45)
宗教違うww
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 01:57:57)
こう……最後の、ようこそ幻想郷への台詞を思いついてしまったのだもん
いちご@参加 (2012-12-16 01:57:58)
ツクモガミが聖母像ってシュールすぎるw
つくね@鈴仙と参加 (2012-12-16 01:58:10)
ここでさっそうと靈異伝からサリエルが
常@参加 (2012-12-16 01:58:12)
動く聖母様
サバトラ@見学 (2012-12-16 01:58:35)
でも、この優越感はとっても好きです
南瓜(参加) (2012-12-16 01:58:41)
全長40mの無敵付喪神。コルコバードのキリスト像
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 01:58:43)
ちなみに聖母のほうなのは、あれだ。半裸のおっさんにいっても美しくないからっていう、ただそれだけ
いちご@参加 (2012-12-16 01:58:44)
いい優越感だって思うな。
常@参加 (2012-12-16 01:59:19)
絵的にも良いですよねぇ。やっぱり舞台みたい。
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 01:59:31)
多分、もうちょっと時間があれば、きっと、何か……別の見せ方ができたはず……うん
南瓜(参加) (2012-12-16 01:59:36)
最後を見てもやはりタイトルはこれかと
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 01:59:51)
執筆前にややさん自身も言ってましたけど
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 02:00:18)
レミリア+優越感、これは相性抜群ですね
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 02:00:32)
それに+でややさんなのですから
いちご@参加 (2012-12-16 02:00:40)
もう完璧に見える
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 02:00:48)
なにが完璧なのかw
いちご@参加 (2012-12-16 02:01:05)
とオチがついたところで
いちご@参加 (2012-12-16 02:01:09)
そろそろ次かな……
南瓜(参加) (2012-12-16 02:01:16)
あと二つ
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 02:01:18)
でも、今回、よっぽど相性の悪い組み合わせはなかった気がするよ