普段はどこか寂寞さを感じさせ、心を落ち着かせる場所である命蓮寺裏手の墓地に、その空気に似合わない騒がしい姿があった。墓場のもの寂しさなどなんのその。もう夕暮れ時だというのに騒がしく、赤と青の対照的な翼をはためかせて、ぬえはどんっと墓石を叩く。
「だから、悪戯しようよ!」
「はぁ」
ぬえの力説に気のない返事をするのは、手帖片手にため息を吐く文の姿だった。文はどこかつまらなそうにぬえの話を聞くと、面倒くさそうに耳を傾ける。
「妖怪としての本分は、人間どもを恐れさせて、“畏れ”させることよ! だからここは一発ガツンと人間どもを震え上がらせてやるのよ!」
どう?! と目を爛々と輝かせて文に詰め寄るぬえに、文は引きながら答える。
「いえまぁ、面白いこと無いかと貴女に尋ねた私が言うのも何ですが、それはいかがな物かと思いますよ?」
「なんで?」
「巫女に絞められます」
「鳥だけに?」
「刻んで鍋に入れて差し上げましょうか?」
「正体不明の鍋になるよ」
「闇鍋ですね」
ぬえはぶーぶーと唇を尖らせて、あからさまにため息を吐いてみせる。まるで『ノリが悪いなぁ』と挑発されているようで、文はぬえの態度に顔を引きつらせた。
「そうだ! じゃあ、妖怪に悪戯すれば良いんじゃない? それなら巫女も怒らないし」
「ふむ……まぁ、それなら」
「よしっ、じゃあ決まり!」
「良いでしょう。ただし、独占取材させていただきますからね?」
「どんと来なさい!」
ぬえはなんとかノリ気になった文に胸を張って見せると、得意げにそう言い放つ。
文としては、ローリスクで面白い記事が書ければ問題ない。ならばここでぬえの起こす事件を面白可笑しく記事にすれば、妖怪の山の記者ライバルたちに差を付けることだって、できるかもしれない。
文はそう期待半分ノリ半分で、ぬえに着いていこうと決めるのであった。
――†――
ぬえに連れられてやってきたのは、ネタの宝庫とも言えるほど毎日騒がしい妖怪たちの住処、霧の湖の向こうにそびえ立つ真っ赤な館であった。
確かに、ここの連中なら、面白い反応をしてくれることだろう。それに、いざとなったらぬえを置いて逃げる自信が、文にはあった。
「門番は……居るね」
紅魔館の真っ赤な門の前には、相も変わらずすやすやと居眠りをする美鈴の姿があった。帽子を顔に被せて、門に背中を預けている。
「よし、侵入よ!」
「あ、こら」
ぬえは美鈴の姿を確認して直ぐ、ふわふわと低空飛行しながら突撃を始める。だが、文としてはそんなぬえを止められず、思わずため息を吐いた。
美鈴は昼行灯だ。普段のほほんとしているが、一度気配を感じれば、その碧色の瞳を鷹のように鋭くさせて迎撃に映る。これで、とおりすぎようとした瞬間に、ぬえは首根っこを掴まれてお終いだろう。
せめて巻き込まれないように、と、文は少しだけ距離を取る。だが。
「なにしてるのー? 早く来なよ!」
ぬえは無事、紅魔館の入り口に辿り漬いてしまった。しかも、大声で文を呼ぶおまけ付きだ。
文は恐る恐ると美鈴の横を通り過ぎる。やはり、美鈴は動き出そうとしなかった。
「急ぐよ! 文!」
「え、ええ」
違和感。
胸にしこりを覚えたまま。文は紅魔館の門を潜り抜ける。いつもおどろおどろしい赤い館が、いつもよりもずっと薄気味悪く思えた。
――†――
紅魔館は、この上なく静かだった。普段なら煩わしいほど見かける妖精メイドの姿がない。あまりの気配のなさに廊下の途中で小部屋の中を覗いて見ても、やはり誰もいなかった。
「つまんないなぁ。誰か居れば、正体不明でおどかしてやるのに」
「あの、ぬえさん? 変じゃないですか? なにか」
「なにが?」
「誰もいないのが」
「逃げ出したんじゃない? 確実に居る人の所へ行こうよ」
「ええ、ええ、そうですね。ではまず、地下にでも行きましょうか」
「賛成っ」
ぬえはわくわくとした目で頷くと、文の案内に従って、地下への道を進み始めた。
――†――
紅魔館地下に広がる大図書館もまた、静まりかえっていた。その不気味な空気に、文はごくりと生唾を呑み込む。いつもと何かが違う。疑心暗鬼かもしれないが、文はそう考えずにはいられなかった。
「さぁ、図書館の主のところへ行きましょう」
「よしきた!」
いつも、パチュリーは図書館の真ん中に陣取って、置物のようにじっと本を読んでいる。今日もそうに違いないと考えながらも、文は自然と早足になっていた。
本棚と本棚の間を潜り抜け、前へ前へと頭に叩き込んである道を進み、やがて大きなテーブルの前に辿り漬く。
「居た!」
文は自分が見つけるよりも先にぬえが見つけてくれたことで、ほっと息を吐いた。これでパチュリーの不機嫌な声でも聞ければ、いつもの自分に戻ることが出来る。そう思った、のに。
「また寝てるよ。紅魔館って、怠け者しかいないのかなぁ?」
――パチュリーは、魔法使いだ。本来、睡眠も食事も必要としない。そのはずなのに、パチュリーは確かに寝ていた。顔を突っ伏して、本に顔を埋めるような形だ。まるで、読書中につい寝入ってしまったかのような。
見れば、近くのソファーの上で小悪魔も寝ていた。こちらも本を読んでいたのだろうか。顔の上に開いたままの本が乗っている。
「また、顔」
顔が見えない。だから不安なのか。
文はそう考えながら、ゆっくりと、眠る小悪魔に近づく。この本を取ってしまえば、いつもの小悪魔の顔がみられるはずだ。なのに。
――どくん
手を伸ばす。
――どくん、どくん。
胸の音を無視して。
――どくん、どくん、どくん。
小悪魔の顔を覆うソレを取ろう。
――どくん、どくん、どくん、どくん。
そう決めたはずなのに、文の心臓は、痛みを覚えるほどに鼓動が早くなって。
――どくん、どくん、どくん、どくん、どくん。
そして、嫌な予感を振り払い、その手に本を持とうと手を伸ばして……。
――どくん、どくん、どくん、どくん、どくん、どくんどくんどくんどくんどくん。
「なにしてんの? 次行こうよ」
「ひゃわぁいいぃっ!?!?!!」
思わず悲鳴を上げて、飛び上がった。
「なにするんですかっ」
「なにその面白い悲鳴……って、なにをするもなにも、どうしたの?」
「えっ、あ、うう、いえ、なんでもないです」
おもわずたじたじになってしまい、かろうじて答える。
思えば自分は、何かに囚われたかのように動いていた。妖怪が、そんなことでどうするんだ。文はそう己を戒めると、気恥ずかしさを隠すように、ぬえの手を取って歩き出した。
――†――
それから、どこも様子は変わらなかった。帽子を顔に当てて地下室で眠るフランドール以外に、人気は無く、結局誰ともすれ違わないままにレミリアの私室に辿り漬く。
そしてそこも、外れて欲しかった予想に違わず、レミリアが寝ていた。無論、帽子を顔に当てて仰向けで寝ているようだ。
「あーあ、結局骨折り損だよ」
「あはは、しょうがないですよ。今日は出直しましょう」
「えー、でもなぁ」
「まぁまぁ。機会はいくらでもありますよ」
言いながらも、文はそんなことはどうでも良かった。ただ直ぐにでも、この場から逃げ出したかった。だからぬえの手を引いてでもこの場を去ろうとして、でも。
「そうだ、寝てるレミリアにだけでも、悪戯しておこうよ!」
「っ、後が怖いですよ」
「でもそれくらいしないと割に合わないって」
「もしかしたら、眠りが浅いかも知れません」
「えー。じゃあ、確かめてみてよ」
「え?」
言われて、後には退けなくなる。帽子の上から息をしているか確かめればいい。それだけなのに足が竦む。けれど、それさえすればここから立ち去れるのだ。
文は帽子の上から寝息だけ確かめようと手を近づけて――
(そういえば、寝息、聞こえてきたっけ?)
美鈴も、小悪魔も、パチュリーも、レミリアも――――誰一人として、寝息が聞こえてなかった。小悪魔には、あんなにも近づいたのに。
考えついた瞬間、文はぬえの手を取って走り出していた。
「わわ、なに?!」
答える余裕なんて無い。ただがむしゃらに、早鐘を打つ鼓動を誤魔化すようにがむしゃらに走り、飛び、それから。
ぬえの手に、体温が感じられないことに、今更ながらに気が付いた。
手を握りしめたまま、話すことも出来ずに、考えようとせずただひたすら飛び去ろうとして――
「どうしたの? ねぇ、文」
――低い声が、耳元で響く。そして振り返ることも出来ずに、首筋に冷たい手の感触を覚えながら、文の視界が暗転した。
――†――
「文ってば!」
「っ!?」
飛び起きる。
どれほど時間が経ったのかわからない。思わず辺りを見回すと、そこは、夕暮れの墓地だった。
「いやぁまさか気を失うとは思わなかったけど、変なこと提案してごめん」
「てい、あん?」
「? だからほら、面白いことがないなら呑んでみる? 正体不明の種、って」
「あ、ああ、そういえばそうでしたね」
面白い記事を探し求めて、文は正体不明の種を呑み込んだ。その結果が、あの奇妙な夢だったのだろう。あの一連の出来事が現実ではなかったことに、文はほっと安堵の息を吐く。
「具合悪いなら、帰る?」
「え、ええ、そうします」
ぬえに心配されながら、文はふらふらと飛び立つ。まだ、首筋に違和感があるようなそんなことを考えながら、文はふらふらと飛び立っていった。
――首筋に残る、手の形をした痣に、気がつかぬまま。
I・B 『カテゴリー/アンノウン』
I・B@司会(参加) (2013-06-07 23:54:22)
よろしくお願いします!
ライア(参加 (2013-06-07 23:54:31)
オチが正体不明
這い寄る妖怪(参加) (2013-06-07 23:54:37)
ぬえちゃん、人間を仕留めそこねるの巻。
ライア(参加 (2013-06-07 23:55:09)
紅魔館の流れと、夢から覚めた後の流れが一貫してない様な
這い寄る妖怪(参加) (2013-06-07 23:55:12)
あ、文だった
H2O(参加) (2013-06-07 23:55:12)
手形
I・B@司会(参加) (2013-06-07 23:55:13)
オチもうちょっと書きたかった。時間なかったらわりと強引に〆たw
ぴす(参加) (2013-06-07 23:55:23)
あの辺急だったねー
ライア(参加 (2013-06-07 23:55:25)
想定は?
I・B@司会(参加) (2013-06-07 23:55:55)
夢と現実が徐々にごっちゃになっていく感だしたかった(´・ω・`)
かぼちゃ(参加) (2013-06-07 23:55:57)
何が待っているんだろうか、と言うひき方が上手いと思いました
haruka(未定) (2013-06-07 23:56:09)
ぬえちゃん悪い子
這い寄る妖怪(参加) (2013-06-07 23:56:31)
これぬえちゃんは文仕留める気だったんですよね?
I・B@司会(参加) (2013-06-07 23:56:36)
後半急ぎ足。正直、もう少し不気味な雰囲気にしたかった。
ライア(参加 (2013-06-07 23:56:49)
雰囲気の出し方は良かったけど、その分最後の流れがもったいなかった感じー
I・B@司会(参加) (2013-06-07 23:57:02)
ぬえちゃん(偽)は文ちゃんとトモダチになりたかった
haruka(未定) (2013-06-07 23:57:27)
ごっちゃな感じ出したい時は視点をころころ変えるといいよ
H2O(参加) (2013-06-07 23:57:29)
引き込む系のトモダチ……
haruka(未定) (2013-06-07 23:57:31)
これ誰の視点よ?
haruka(未定) (2013-06-07 23:57:33)
みたいに
I・B@司会(参加) (2013-06-07 23:57:38)
おお
I・B@司会(参加) (2013-06-07 23:57:39)
なる
かじつ(見) (2013-06-07 23:57:43)
悪くはないんだけれども
H2O(参加) (2013-06-07 23:57:46)
ミスディレゥション
かじつ(見) (2013-06-07 23:57:51)
もう少し何とかなりそうな感もしますね
かぼちゃ(参加) (2013-06-07 23:58:13)
この作品ならラストはよくわからない落ちでもいいと思うのですが
I・B@司会(参加) (2013-06-07 23:58:15)
咲夜さんは時間の都合でなかったことになりますた
haruka(未定) (2013-06-07 23:58:15)
あと寝息が聞こえない=寝たふり、の可能性を捨ててはいけない・・・!
haruka(未定) (2013-06-07 23:58:22)
咲夜さん「屋上」
かぼちゃ(参加) (2013-06-07 23:58:39)
もうちょいスムーズに出来た感も
かぼちゃ(参加) (2013-06-07 23:58:55)
正体不明の種を飲んで夢を見た
かじつ(見) (2013-06-07 23:59:15)
I・Bさんの作品を拝見して,私がしばしば感じることは
かぼちゃ(参加) (2013-06-07 23:59:27)
この説明はいいとしても、正体不明の種を飲むとそうなる、みたいなことがポンと出てくると急な感はあります
かじつ(見) (2013-06-07 23:59:38)
重要な情報をさらっと流して書く癖があるのではないかということ。
I・B@司会(参加) (2013-06-07 23:59:44)
おおう
這い寄る妖怪(参加) (2013-06-07 23:59:55)
ぬえが絞めたんですよね? 首
I・B@司会(参加) (2013-06-08 00:00:04)
です
かじつ(見) (2013-06-08 00:00:16)
書き漏らしているのはダメだけど,さらっと書いている分,二度見して意味が把握できたりとか
かじつ(見) (2013-06-08 00:00:25)
そういう感があったりなかったり。
I・B@司会(参加) (2013-06-08 00:00:41)
もっと丁寧に書くべきか
ぴす(参加) (2013-06-08 00:00:44)
ただ、よくわからない終わりにするのはいいんだけど
かじつ(見) (2013-06-08 00:00:51)
丁寧に,というのとはちょっと違っていて
かぼちゃ(参加) (2013-06-08 00:00:56)
ぬえが首を絞める、何故首を絞めたか。こういうのは説明しない方がぞっとするとも思うんですが
ぴす(参加) (2013-06-08 00:01:04)
起こすという行動と 首のアザっていうのあまりにも合わな過ぎるので
かじつ(見) (2013-06-08 00:01:07)
もっと重要な情報とそうでない情報にメリハリをつけてもいいのではないかということ。
ぴす(参加) (2013-06-08 00:01:14)
その辺何とかならなかったのかなと
I・B@司会(参加) (2013-06-08 00:01:15)
なるほど
ライア(参加 (2013-06-08 00:01:20)
この場合、なぜ首を絞めたか、の理由も間接的に欲しかったかも
かぼちゃ(参加) (2013-06-08 00:01:32)
半端にその前に説明があるのが、もやもやより急な感を覚えます
haruka(未定) (2013-06-08 00:01:33)
あとフランちゃんが出てない件
這い寄る妖怪(参加) (2013-06-08 00:01:54)
文のセクシーな首を締めあげるのに果たして理由が必要だろうか。
I・B@司会(参加) (2013-06-08 00:02:08)
ああいや、ぬえちゃん(偽)が絞めて、それが夢から這い出て現実にも影響がってのをやりたかったので、
H2O(参加) (2013-06-08 00:02:29)
ごっちゃになってるわけか
I・B@司会(参加) (2013-06-08 00:02:31)
文ちゃんを起こしたぬえ(真)が絞めた訳ではないです
I・B@司会(参加) (2013-06-08 00:02:49)
妖怪さんw
ぴす(参加) (2013-06-08 00:03:08)
短時間で仕上げた作品だからそういったところで荒が出るのはしょうがないとして
ライア(参加 (2013-06-08 00:03:14)
文さんの首は撫でて反応を楽しむものでしょう
這い寄る妖怪(参加) (2013-06-08 00:03:17)
ん? 目覚めのきっかけが首絞めだから現実の方のぬえが文を絞殺しようとしてたのでは?
haruka(未定) (2013-06-08 00:03:21)
小兎姫さまこいつらです
かぼちゃ(参加) (2013-06-08 00:03:34)
その辺は読んでもこれだ、と言い切れるものは無いですね
這い寄る妖怪(参加) (2013-06-08 00:03:40)
目が覚めてしまったから起こした風になっただけで。
ぴす(参加) (2013-06-08 00:03:58)
ちょっとずつ情報を出していって、なんか違うというのを文に思わせるところまで行ってほしかったですね
I・B@司会(参加) (2013-06-08 00:04:02)
すんごいサスペンスっぽくなるw
かぼちゃ(参加) (2013-06-08 00:04:17)
夢が現実に、となるとその予兆や根拠で時間と容量を食うので、そこは捨てた方がトレとしてはすっきり書けるとは思います
ぴす(参加) (2013-06-08 00:04:41)
で、明確にぬえから攻撃を受ける描写までだしてもよかったかもしれない
I・B@司会(参加) (2013-06-08 00:04:48)
最初は、ぬえちゃんの右半分と左半分で表情がちがく見えて、恐怖で文ちゃん失禁ってやりたかぅたけど、
I・B@司会(参加) (2013-06-08 00:04:56)
時間とモラルが足りなかった
haruka(未定) (2013-06-08 00:05:07)
あしゅら男爵・・・!
ぴす(参加) (2013-06-08 00:05:12)
むずかしそうだなそれw
H2O(参加) (2013-06-08 00:05:23)
完成形で文ちゃんおもらし?
這い寄る妖怪(参加) (2013-06-08 00:05:25)
ブギーポップは笑わない
haruka(未定) (2013-06-08 00:05:48)
映姫さまこのひとです
かぼちゃ(参加) (2013-06-08 00:05:50)
伏線を張ってそう言う夢が現実にと言う落ちよりも
かじつ(見) (2013-06-08 00:05:55)
どうでもいいことだけど
かぼちゃ(参加) (2013-06-08 00:06:09)
現状のよくわからないけれどどう収束するんだ。的な方が良い感はありました
ライア(参加 (2013-06-08 00:06:10)
!
かじつ(見) (2013-06-08 00:06:12)
後書きがそれぞれかぼちゃさんとぴすさんのセリフみたいになっていて笑った
I・B@司会(参加) (2013-06-08 00:06:19)
w
I・B@司会(参加) (2013-06-08 00:06:21)
と、いったんここまでで区切りか。