じゃらじゃら。じゃらじゃら。
自分の掌は、体格にしては小さいほうだ。小野塚小町はそう思うときがる。船に乗り、霊から渡り賃をもらうとき。多いときもあれば少ないときもある。人生様々。人間は出来ることが多いぶん、何かした者と何もしなかった者の差は大きい。加えて、何かしたとして、悪行と善行とではそれこそ天地ほどの差ができるのだ。つまりそれが、地獄と極楽の差なのだが。
しかし霊だけを見ても、差がわからない。体もなく、記憶も、意識すら曖昧な霊たちは、卵でも産むようにこの掌に銭を落とす。どんな額になるかはこのときまで本当にわからない。だから、小町は必ず両手で椀を作って、それらを受け止める。
落とすわけにはいかない。死神の職業意識だ。小町はそう思っている。
じゃらじゃら。じゃらじゃら。
受け取った銭を巾着に入れて、船を出す。三途の流れは静かだ。石庭のように波一つたたない。櫂で水面を混ぜっ返すのが、なんだか野暮に思えてくるほどに。
小町は話す。霊は何も返さない。死人に口なし。それは生者の優越ではなく、死者の謙虚であると小町は知っている。独り言は途切れない。言葉が口をついて出てくる。小町は死神なのだ。死は隣人。しかし沈黙を怖がるように話す。いいや、いいや。ただ退屈なのだ。死神は死んでいない。死んだら仕事ができない。もちろんさぼることも。
じゃらじゃら。じゃらじゃら。
ああそれにしても、巾着の銭の音は川に似合わない。
「それじゃあね」
帰りは一人。自分だけを乗せて船を進める。本当に同じ三途なのか。行きと帰りでは櫂の軽さが違う。何もしなくとも、此岸へとついてしまいそうだ。普通、逆なのではないか。物事は、川はいつでも低きに流れるのではないのか。生から死へ。生から死へ。
「ふわあ」
喋らないと、眠くなる。こぐ船は一つで十分なのに。
何とはなしに、巾着を開けて中を見てみる。
「今日は多いなあ」
銭。銭。銭。小町は六銭に満たない銭は受け取らないことにしている。これは、小町個人の信条だ。
じゃらじゃら。じゃらじゃら。
六銭を摘んで、重ならないように左手に並べてみる。
ひとーつ、ふたーつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ。
それで小町の掌は一杯だ。少し三途が波立って、船が傾いたなら、それらは掌から滑り落ちてしまうだろう。
もちろんそんなことにはならない。小町は、死神であるからだ。
巾着に六銭を戻す。何故か、ずっしり重くなった気がした。
「ちょっち稼ぎすぎたかね」
この銭が何で出来ているのか、小町は知らない。見た目は銅のようでも、鉄のようでもある。貴金属ではないだろう。光沢を持つものは一つもない。くすんで、傷だらけの、ずっとずっと天下を巡ってきた貨幣のそれだ。
それでも、小町には、金よりも銀よりもずっと重いように感じるのだ。
じゃらじゃら。じゃらじゃら。
「あーあ、もっと軽いものにしてくれりゃあいいのに」
重いからいいってものじゃあない。石貨じゃあるまいし。数で計れるなら、もっと軽いものでもいいじゃあないか。小町はそう思うときがある。それは必ず、こんな三途の帰り道だ。
「羽とかさ」
なんでも遠い砂漠の国では、命の重さを羽で計るという。秤の片方には心臓を、もう片方には白い羽を。ふらふら秤がどれだけ揺れても、どちらかに傾く。何故か小町にはそれらが水平に釣り合う場面が想像できない。
「んー、でも」
もう一度巾着を開ける。じゃらじゃら。じゃらじゃら。指で銭をかき混ぜる。硬い感触。三途の水と同じ温度。冷たくないのに、触れていると熱を奪われる。数ばかりたくさんある。渡り賃に両替はない。小銭ばかり。
ああでもそれが人生の価値なのだろう。
まったく、まったく、と、小町は思う。この巾着が――死神になった祝いにと上司に貰ったものだ――羽で満たされるのは、気味が悪い!
「いやだ、いやだ。」
恐らく、羽では軽すぎるのだ。あんまり軽くて、そのまま浮かび上がってしまいそうだ。鳥のように、ではない。静かな三途の川を、ふよふよとふよふよと。
そして、もうどこにも行けないだろう。
「そんなのぁ、ごめんだね」
独り言を言い終えると、霧が晴れるように頭が冴えてきた。櫂をぐっと強く握った。船は進む。三途の川を、静かに進む。
本日も晴天なり。本日も晴天なり。
そうして小町は、此岸にて長い休憩を取るのだった。
『羽と銭』 Ministery氏
かじつ(参加) (2013-07-08 00:15:46)
これはねー
I・B@鉄球(司会) (2013-07-08 00:15:49)
さぁ、Eroさんの番ですよ
百円玉(参加) (2013-07-08 00:15:52)
好きです
かじつ(参加) (2013-07-08 00:15:53)
敗因は今夜出したことだね……
Ministery@参加 (2013-07-08 00:15:55)
うん、懺悔する、まじで何も考えずに書いた
I・B@鉄球(司会) (2013-07-08 00:16:03)
(20分まで
這い寄る妖怪(参加) (2013-07-08 00:16:03)
面白いんですけどねー
生煮え(見学 (2013-07-08 00:16:04)
敗因は今夜出したことww
つくね@鈴仙と参加 (2013-07-08 00:16:14)
普段の文トレなら問題は一切なかったのに……
Ministery@参加 (2013-07-08 00:16:24)
だってこんなに筆が乗るなんて思ってなかったんだもん
かじつ(参加) (2013-07-08 00:16:26)
ちゃんと書き込み入れて創想話に出そう? な?
Ministery@参加 (2013-07-08 00:16:36)
お酒が抜けてからね
no1255(見学) (2013-07-08 00:16:43)
あら、良い雰囲気
H2O(参加) (2013-07-08 00:16:45)
(羽で満たされて枕に……、とかを考えてしまい
no1255(見学) (2013-07-08 00:17:04)
> ひとーつ、ふたーつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ。
no1255(見学) (2013-07-08 00:17:08)
アムロレイな?
Ministery@参加 (2013-07-08 00:17:09)
これさあ、どこ削ればよかった?
かじつ(参加) (2013-07-08 00:17:19)
ひとつひとつの要素の入れ方は上手いと思う
ライア(文と参加) (2013-07-08 00:17:21)
じゃらじゃら
かじつ(参加) (2013-07-08 00:17:28)
これはね 今夜出したことが(ry
つくし (2013-07-08 00:17:30)
特に削るとこなくね?
復路鵜@参加 (2013-07-08 00:17:33)
死生観の顕れのあたりが好きっす
這い寄る妖怪(参加) (2013-07-08 00:17:38)
じゃらじゃら
百円玉(参加) (2013-07-08 00:17:41)
小町の矜持が言動に現されていて、特に両手でお椀を作るあたり
no1255(見学) (2013-07-08 00:17:48)
> まったく、まったく、と、小町は思う
這い寄る妖怪(参加) (2013-07-08 00:17:49)
コレ半分でいいかな
no1255(見学) (2013-07-08 00:17:49)
ここすき
生煮え(見学 (2013-07-08 00:17:50)
創想話に出すとすれば、少しこれだと食い足りない
百円玉(参加) (2013-07-08 00:17:52)
すっごく好きです
かじつ(参加) (2013-07-08 00:17:55)
削るとこないから今夜じゃ駄目だったんだよ!
no1255(見学) (2013-07-08 00:18:09)
いやだ、いやだ とか まったくまったくとか
Ministery@参加 (2013-07-08 00:18:11)
だってアルコールがハッスルしちゃったんだもん!
復路鵜@参加 (2013-07-08 00:18:12)
どこか削るとしても擬音ぐらいですかねえ
no1255(見学) (2013-07-08 00:18:13)
2回繰り返すのすき
no1255(見学) (2013-07-08 00:18:18)
だから削る必要はない
かじつ(参加) (2013-07-08 00:18:19)
数文字くらいならそりゃあ削れても
つくね@鈴仙と参加 (2013-07-08 00:18:22)
>もちろんそんなことにはならない。小町は、死神であるからだ。 ここに死神魂みたいなものを感じた。
かじつ(参加) (2013-07-08 00:18:27)
展開的に不要なところとかなさそうだし
no1255(見学) (2013-07-08 00:18:38)
繰り返すが多いのすき
no1255(見学) (2013-07-08 00:18:45)
小並感
ライア(文と参加) (2013-07-08 00:18:51)
完成され過ぎてたんだ・・・
I・B@鉄球(司会) (2013-07-08 00:18:58)
もうほんとに、「なんで今日だしたん」ですねぇ
Ministery@参加 (2013-07-08 00:19:05)
まあネタはさておき、本当に申し訳ない
うるめ@参加 (2013-07-08 00:19:06)
あ、本当だ。繰り返しが多い。
つくし (2013-07-08 00:19:06)
驚きはないけど普通にまとまってる感
no1255(見学) (2013-07-08 00:19:20)
やっぱり音にして心地良いよね、繰り返し
かじつ(参加) (2013-07-08 00:19:26)
仕方ないね
かじつ(参加) (2013-07-08 00:19:31)
文章は一期一会だからね
百円玉(参加) (2013-07-08 00:19:33)
『石庭のように波一つたたない』という文章にも哀愁が感じられてしまって、堪らないです。
百円玉(参加) (2013-07-08 00:19:59)
容量オーバーじゃなければ
no1255(見学) (2013-07-08 00:20:15)
もう書きなおしてソソーワに投稿するでもよいのでは
K.M(見学) (2013-07-08 00:20:18)
その一言ですね。
I・B@鉄球(司会) (2013-07-08 00:20:28)
ここまで。いったん区切って、語りきれないのは、この場で!