むやみに広い家だ。と阿求は思う。広さだけならば、鈴奈庵の方が余程狭い。自分の部屋にも満たないのかもしれない狭さ。それでも、広い広い自分の屋敷の方に、何故だか息苦しさを感じてしまう。
「熱いわねえ……」
ししおどしの音が響く中で、阿求は呟いた。本当に暑い日だった。秋の訪れなんてものは微塵も感じられない、長月の一日だった。だらり、と、机に突っ伏すかのような仕草で、「昔はもっと涼しかったはずなのに」とぼやきが溢れる。
「これが噂に聞く地球温暖化?」
半ば、寝そべるように足を伸ばして、小鈴も呟いた。まったく、暑い日だった。「さあ、ねえ」と、阿求は気のない返事を返す。聡明さで知られる阿礼乙女とて、熱さには敵わない。
がらり、と襖が開いた。
「お飲み物をお持ちいたしました」
品のよい和服に身を包んだ女が、盆を運んでくる。稗田家の者ではない。ただの従者だ。従者の身なり一つを見ても、稗田家が風格と富を併せ持った家だと理解できる。
「あ、ありがとうございます」
すっと身なりを正し、正座の姿勢で、小鈴は言った。阿求はやはり気だるげなまま。
「ごゆっくりどうぞ」と言いつつ、盆を置き、従者は帰っていった。盆の上には、氷が詰められたグラスが置かれている。氷、というものは里では作れない。河童の所から運ぶか、山の氷室から運ぶか……いずれにしても、山から里へと運ばれる高級品だ。それもまた、稗田家を示していた。
「そんなに恐縮しなくても良いのに。私の家なんだから」
「と言っても、こうも仰々しいとやっぱりねえ……」
「いつも言ってるでしょ? ただ古くさいだけの屋敷だって。別に気を使う必要なんてないのよ」
そう言われても、阿求の前ではさておき、家の者をみると恐縮した気分にはなってしまう。稗田家の格、と言う物もあるのだろうが、それ以上に、商売人の性なのだろうか。人に頭を下げるのが、日常ではある。
「……もう、盆から取って渡すくらいしてくれればいいのに。小鈴、コーヒーを取ってくれる?」
目の前には暗い液体が二つ。アイスティーとアイスコーヒーが並んでいた。
「目の前の物くらい自分で取ればいいじゃない」
と言いつつも、小鈴は手渡した。一層黒い飲み物を。盆に、シロップとミルクは一つずつ。阿求は、ブラックのまま飲んでいた。
「一個しかないけど、いらないよね?」
「ええ、ブラックの方が好きなの」
それが阿求の常だ、と知る程度には、二人は親しい。シロップを注ぎつつ、小鈴は足を崩した。最初は常に正座したいた相手の前でも、足を崩せる程度には、親しみを増してきた。
二人は少しだけ、事務的な会話をしていた、そもそも、小鈴は資料を届けにきたのだ。一瞬で終わる程度の話だ。終えたときには、まだ氷は殆ど溶けていなかった。
「お代わり、いる?」
「ふぃふ」
冷たい氷を口に含んだまま、小鈴は答えた。阿求は鈴を鳴らした。小鈴は姿勢を直す、程なくして従者が訪れ、
「アイスティーをくれる? ああ、ミルクはいらないから」
と言えば、再び、アイスティーが運ばれてきた。
「良いわねえ。私もこういう家のお嬢様に生まれてみたかった物よ」
「そう? だって――」
何の気無しに呟いた言葉。小鈴はしまった、と思った。彼女は短い寿命しか持たぬ阿礼乙女だと思い出し……
「あ、ごめんなさい」
「何がごめんなの? いや、お付きの人が沢山いるとかそれはそれでなんか気を使って疲れるってだけの話よ」
小鈴の詫びの理由を知った上で、何事もないかのように阿求は言った。それから、関係の無い話を続ける。
「ねえ、そんなことより、この間貴方から借りたファッション誌を見たわ。外の世界のファッションは良いわねえ。私もたまには和服を捨ててイメチェンしたくなるわ」
「そうでしょ? 外の世界の本は、いつでも素敵な刺激を与えてくれるわ。そうそう、この間面白いメイクの仕方が載っていて――」
メイク、ファッション、音楽。そんな話をしていれば、二人はただの少女だ。商売人と客でもない、崇められる家の当主――求聞持の力を持った少女も関係がない。ただの、友達だ。
「そういえば、猫を飼いたいのよ。野良猫でも見たら教えてくれる?」
「野良猫って。阿求なら、血統書付きの猫でも買い放題じゃない」
「私に阿弥に阿七にと、今まで、山ほど猫を飼ってきたけど、全部野良猫。いや、私は黒猫が好きなの、黒猫って不吉だからか売ってないから」
「ふうん」
と、とりとめの無い話は続いた。
「いけない、こんな時間。家の食事も作らないと……帰らなきゃ。じゃあね、阿求」
「ええ、また」
稗田家でも料理が作られる時間だった。小鈴の家とは比較にならないほど、豪勢で色とりどりの食事が。阿求は小鈴を送って、廊下を歩き、戻る。
良い匂いがした。それはまだわかる。色取りどりなのだろう。それはたぶん。もう、彼女の目はよくは見えない。色彩は失われつつある。アイスティーとアイスコーヒーの区別は付けにくい。
慣れたことだ。転生を重ねた身。記憶を保った次が約束された身、とうに受け入れている。
でも、と思う。少しだけ寂しくなる。今まで飼ってきた猫のことは何も覚えていない。幻想郷縁起には関係ないから、小鈴のことも、同じように忘れるだろう。
友達のことは覚えていられない。愛しい友人も、猫も。記録よりもよほど愛しく、覚えていたい、くだらない話のことは覚えていられない。
536 K.M お疲れ様です。
535 baka@参加 とてもおもしろかったです!
534 名無し お疲れ様です。
533 かぼちゃ@参加 ありがとうございました
532 かぼちゃ@参加 では一旦ここで
531 ライア@参加 また後にでも
530 K.M そういえばチルノから氷貰ったりはないのか
529 かぼちゃ@参加 続ける意図は現状無いのですが、広げるなら過去に未来へと続けられそうですね
528 梶五日@参加 15分ですね。短い短い
527 名無しZ@参加 ってあぁ、もう語る時間がないか
526 名無しZ@参加 ところで阿求が愛しいと感じたまま終わったけれど、そこから話を転がすならどうなるだろう。愛しい記憶を残すために記録を残すとか、それを土の下にでも隠そうとすると前代の御阿礼の子の日記が出てくるとか
525 名無し いいかも知れませんね。
524 梶五日@参加 希少品ということにして、氷共々稗田家の特異性を、というのもアリかなとちょっと思いまして
523 名無し ゆかり万能説
522 ふうら で終わりますから
521 ふうら 「ゆかりがなんとかしてくれる」
520 かぼちゃ@参加 という感じでそろそろ15分ですね
519 K.M 砂糖水を煮詰めればシロップ?
518 ふうら 何を言われても
517 かぼちゃ@参加 妖怪猫は猫なのか
516 ふうら 私と議論始めてもつまらないですよ
515 名無し ふうらさんを相手に夜明けまで幻想郷の食文化について語ればいいのかな……
514 baka@参加 amazonってそんなにすごかったんだ……
513 ライア@参加 地霊殿にもいるぞ!
512 生煮え@見学 猫が欲しいのなら八雲に一匹いるじゃないか
511 ふうら 食文化の議論を始めたら夜が明けるので、それはおいときましょう
510 かぼちゃ@参加 その辺は基本的に幻想郷にもamazonは届ける世界観で書いてます……
509 ライア@参加 従者という言葉だけで表現している事を活かす内容でもないですしね
508 名無し 稗田家の法則がみだれる
507 梶五日@参加 アイスコーヒーとかに付くシロップっていつ頃からあるんだろうとちょっと気になったり
506 ライア@参加 (阿求も紫だし小鈴はオレンジだし
505 K.M 出向w
504 名無し 出向させられた藍みたいな……
503 baka@参加 急に「八雲家の者」ってでてきたらびっくりしますね
502 1102 とても良い作品ですね(遅い)
501 梶五日@参加 金髪がものすごく浮きそうなんですがそれは
500 名無しZ@参加 実は阿求が心配なゆかりんがこっそり従者となっていた説
499 名無し 従者というか,印象的には「女中」という感じだった。ただこの表現は今ではよろしくないのだったかな。
498 生煮え@見学 ww
497 ふうら 仲間はずれは、めっ
496 梶五日@参加 小鈴の目線だと「家の者」と言っちゃってるので、やはり家の者ではと
495 かぼちゃ@参加 そうするとこの辺は言葉遣いを改善した方がよさそうです
494 ふうら たまに来るお手伝いさんとかならならないだろうけど、この感じだと住み込みっぽいですよね
493 baka@参加 私にも気になりました 従者は稗田家のもので良いのでは
492 かぼちゃ@参加 ~家の物だと、確かに従者も含むのかなあとは思いましたね。戦国時代の郎党的に
491 かぼちゃ@参加 ああ、そこは自分でも思ったので聞きたいところです
490 ふうら 従者も、稗田家の者にならないかなぁ
489 かぼちゃ@参加 確かに戻るの方が自然でしょうか
488 ふうら あと
487 baka@参加 視力が落ちている→例えば従者が気を使って阿求のコーヒーだけ手元においてやる というのがあると落ちがもっと「おおっ」となったのかもしれません
486 名無し 戻る,とかたぶんそんな感じ。
485 名無し あと,これは些細な表現のお話だけど,>従者は帰っていった。 という部分は若干適当ではない気も。
484 生煮え@見学 これでも、話の筋やギミックはすごくいいので、丁寧に加筆してやれば化けますよ
483 かぼちゃ@参加 その辺はラスト以外あくまで平凡に行きたかったという意図は
482 K.M 視力随分落ちてるとなると猫を飼うのにも難儀しそうだなと思うけれど家に人は多いしその辺りは些細か
481 名無し なんとなくアゴタ・クリストフのような〆方。『悪童日記』みたいな。
480 かぼちゃ@参加 目や猫に関しては、阿求は寿命が近いけれど、小鈴は気が付いていないというのが自分の中にありましたかね
479 baka@参加 コーヒーがブラックな理由は味がわからなかったからだったり でもそれだと「お互いのことを知る」というのが強調できなくなってしまいますね
478 ふうら 〆はいいね
477 名無し 逆に気に入ったところは終わり方だな。このさらっと流すような〆方は好み。
476 かぼちゃ@参加 視点は上手く動かせなかったのでしょうね
475 梶五日@参加 確かにそこはちょっと気になりました。最初阿求寄りかなと読んでたので、切り替わるところであれ、と
474 ふうら 対比を強調させるなら、むしろ視点はしぼったほうがよかった気がするなー
473 名無しZ@参加 個人的には目が見えないことについて小鈴に何かさせたらよかったかもと思ったり。目が見えない阿求を小鈴が労わったり、目の前の光景を解説して阿求に聞かせてあげたり
472 生煮え@見学 部屋が広いことを表現するのに何で鈴奈庵を対比させるんだろ、と「?」になりました
471 名無し あと,阿求で〆る構成でありながら,神視点で小鈴の内面も等しく描写される感じになっているのが,個人的にはやや気になる。
470 baka@参加 確かに、猫はもっと出したほうが強弱がついたかと
469 かぼちゃ@参加 もう少し進んだ所でも従者などでそれは示せているので、他の書き方の方がスムーズだったかもしれません
468 ライア@参加 あるいは、猫をもっと前面に推しだしたい
467 かぼちゃ@参加 ただ、書き出しが決まらずにとりあえずで書いたのは確かですね
466 生煮え@見学 読み進めればわかることではあるのですが、急に一行目で鈴奈庵が出てきたことに唐突さを感じてしまって
465 ふうら じゃあ単純に書き方がまずかっただけですね
464 かぼちゃ@参加 小鈴と稗田家の対比、阿求がいかに名家であるかを書こうとしていました
463 baka@参加 しかし遠慮のない二人はとても素敵ですね
462 ライア@参加 あと、お題と絡ませるとなれば猫以外にも阿弥の時の友人とかも欲しかった。猫だけだと少し薄い感じ
461 baka@参加 最後の一行が、もうすこし阿求の想いが込められたらきっと素晴らしいと思いました
460 名無し 鈴奈庵との対比をねじ込みたかったのかしら?
459 生煮え@見学 そこは少しひっかかりましたね
458 かぼちゃ@参加 なるほど
457 ふうら 書き出しに迷った感じかな
456 名無し 阿求は自分の部屋にいてなんで今さら広い広いと強調しなきゃならないのか,シチュエーション的にいまいちピンとこなかったな。
455 かぼちゃ@参加 そうですね
454 名無し これ現状が阿求の部屋に阿求と小鈴がいるところでしょう。
453 名無し ここなんだけど
452 名無し 特に>広さだけならば、鈴奈庵の方が余程狭い。自分の部屋にも満たないのかもしれない狭さ。
451 生煮え@見学 22:58まで
450 ライア@参加 良い話だけに、最後が落ちきれていない感じ
449 ふうら ここ変よね
448 ふうら >むやみに広い家だ。と阿求は思う。広さだけならば、鈴奈庵の方が余程狭い。
447 梶五日@参加 切なさをもう少し前面に出すのもアリかなと思いました
446 名無し 序盤の地の文二行でなんか躓いた感じ。
445 名無しZ@参加 仲がいい感じがすごく出てましたね
444 K.M スタンダードに愛しさがあり、そして最後が少し切ないですね
443 カミソリの値札 オーッスお願いしまーっす(迫真)
442 かぼちゃ@参加 よろしくお願いします
441 かぼちゃ@参加 「忘れてしまうほどに大切な友達」 かぼちゃ