PREPLAY
昨日と同じ今日。
今日と同じ明日。
世界は繰り返し時を刻み、変わらないように見えた。
しかし、人々の知らないところで既に世界は変貌していた――。
某月某日。
霧の湖の畔に建つ悪魔の棲む館、紅魔館。
その地下大図書館に、私ことパチュリー・ノーレッジを含めた五人の少女たちが集まっていた。
私の他に席に着いているのはレミリア・スカーレット、フランドール・スカーレット、十六夜咲夜、紅美鈴という紅魔館を代表する少女たちだ。
大きなテーブルの上には筆記用具や色とりどりの十面体ダイス、ゲームのルールブックなどが用意されている。
私たちは、これからテーブルトーク・ロールプレイング・ゲーム(以下、TRPG)をプレイしようとしていた。
TRPGを知らない方に解説すると、TRPGとはカードゲームやボードゲームなどの数多く存在する非電源製のアナログゲームの中の一ジャンルである。
参加者は、あらかじめ定められたルールに則って架空のキャラクターを作成して、それぞれがそのキャラクターの役割を演じながらコミュニケーションを交わしていくことで、独自の物語を紡いでいくという非常に創造的なゲームだ。
まずは参加者の内の一人が、ゲームの司会進行役であるゲームマスター(以下、GM)という役割を務める。
そして、それ以外の参加者であるプレイヤーは、プレイヤーキャラクター(以下、PC)というゲームの中での自分の分身となるキャラクターを作成して、そのキャラクターになりきることでGMが用意したシナリオに参加するのだ。
プレイヤーの発言や行動の結果は、リアルタイムでシナリオの進行に影響を与えていき、結果としてその卓毎に独自の物語が紡がれていくのである。
本日、私たちがプレイしようとしているゲームのシステムは『ダブルクロス The 3rd Edition(以下、DX3)』。
これは発症した者を超人に変貌させてしまう未知のウイルスに侵食された、近未来の外の世界を舞台にしたTRPGだ。
本著はリプレイという形式で、私たちが実際にTRPGをプレイしている風景を読み物として編集したものである。
紅魔館の少女たちが紡ぐ『裏切り者』の物語を、どうか楽しんで頂きたい。
ダブルクロス――それは裏切りを意味する言葉。
パチュリー・ノーレッジ(以下、GM):皆。準備はいいかしら? それでは今から『DX3』のセッションを開始するわよ。よろしくお願いします。
一同:よろしくお願いしまーす!
GM:最初は『DX3』の世界観から説明するわね。基本の舞台となるのは限りなく現代に酷似した近未来の外の世界よ。世界は未知のウイルス〝レネゲイド〟によって人知れず侵食されているの。このウイルスに発症した存在はオーヴァードと呼ばれていて、常人を遥かに越えたさまざまな超能力を身に着けることができるようになるわ。
フランドール・スカーレット(以下、フラン):それって私たちで言うところの「○○する程度の能力」みたいなものが使いこなせるようになるってこと?
GM:そうね。肉体を獣のように変異させたり、天才的な計算能力を身に着けたり、光や熱エネルギーを操作したり。シンドロームという名称で系統化されたオーヴァードの能力は、現在までで十三種類が確認されているわ。
十六夜咲夜(以下、咲夜):シンドロームの中には重力を操ったり、物質を全く別の何かに作り変えたりするものまで存在しますからね。いったいどこがウイルスなのかと問い質したくなるようなトンデモっぷりです。
紅美鈴(以下、美鈴):でも、咲夜さんだって時間を操れますよね? 十分、トンデモだと思いますけれど(笑)。
レミリア:私なんか運命を操れるしね(笑)。
フラン:お姉様の能力はねー、目に見えないから信憑性がねー(笑)。
レミリア:フラン? 貴方は使わない魔法こそが真の魔法という有名な台詞を知らないのかしら? それに私の能力をTRPGで使うと反則過ぎるでしょう? だから、あえて使わないのよ。
フラン:はいはい。そういうことにしておくねー(笑)。
GM:貴方たち。幻想郷を基準にして物事を考えないの。『DX3』ではオーヴァードには同じオーヴァードでしか対抗できないのよ。だけどレネゲイドは何の代償もなく超人としての力を与えてくれる訳ではないの。力と引き換えに人間としての理性を徐々に蝕んでいき、やがては宿主を他者とのコミュニケーションが不可能な怪物に変貌させてしまうのよ。
咲夜:レネゲイドウイルスの最大の脅威であるジャーム化ですね。一度、ジャームになってしまったオーヴァードを元に戻す方法は存在しません。だからこそレネゲイドに関する情報は世界中で封鎖、秘匿されているわけです。
レミリア:当然よね。既にレネゲイドは世界中のあらゆる存在に感染してしまっているもの。自分や或いはその隣人が、何時かは理性を失くした怪物に成り果ててしまうかも知れないとしたら世界中で大混乱が起きるわよ。
フラン:もしも、そんなことになったとしたら中世の魔女狩りの再来かなー。
GM:あれは本当に酷い時代だったわね。
美鈴:あれ? パチュリー様って魔女狩りが横行していた頃にはもう産まれていましたっけ?(笑)
GM:細かいことはいいのよ。それで世界的に隠されているレネゲイドの情報だけど、勿論それだけでは秘密を護りきることは出来ないわ。こうしている今もオーヴァードとして覚醒する者たちや、ジャームに変貌してしまう者たちは数多く存在しているのだから。
咲夜:そこでレネゲイドに関係する事件に対処する秘密組織の存在があります。ユニバーサル・ガーディアンズ・ネットワーク(以下、UGN)。オーヴァードと一般人の共存を理念として掲げた、世界中に支部を持つ巨大な組織ですね。
GM:正義の味方と一概に言えるような単純な組織ではないけれど、少なくとも世界の安定と平穏に関して多大な貢献をしている組織なのは間違いがないわね。
レミリア:そしてUGNとは対極に位置するような組織も存在しているわ。ファルスハーツ(以下、FH)。オーヴァードの力を犯罪やテロリズムに用いて世界中で暗躍する秘密結社ね。目的のためには手段を選ばず、理性を失ったジャームさえも利用する危険な連中よ。まさしく悪の組織と言えるわね。
GM:『DX3』には他にも大小さまざまな組織が存在して、それぞれの立場からレネゲイドに関わっているけれど、良く扱われるのはこの二つの組織の対立構造ね。
美鈴:どちらの組織もお互いを不倶戴天の敵として認識していますからね。
GM:ゲームのタイトルであるダブルクロスという言葉には裏切り者という意味があるわ。未だに多くの人々はレネゲイドによって変貌してしまった世界の真実を知らない。貴方たちはオーヴァードとして自分を日常の世界に繋ぎとめてくれる大切な存在のために、それを侵す者たちと闘うのよ。たとえそれが人間と超人の双方から裏切り者として蔑まれる行為であるとしてもね。
一同:おおー。
咲夜:実にクールでシビアな設定ですね。
レミリア:ふむ……ところでGM? この卓には既に一人、ジャーム化している奴が参加しているような気がするのだけど?(笑)
フラン:あー、お姉様ひどーいっ! 私はまだジャーム化してないよ! こうして、ちゃんとコミュニケーションもとれるじゃないのっ!(笑)
美鈴:あの、フラン様? その言い方だと、いつかはジャーム化してしまうみたいに聞こえますよ?(笑)
GM:こうして一緒にセッションに参加できるだけの理性はあるのだから問題はないわよ。次に今回のステージの説明にうつるわ。最初に『DX3』の基本の舞台は近未来の外の世界だと説明したけれど、このゲームにはステージという概念があってシナリオ毎に舞台となる場所を細かく設定できるのよ。
咲夜:ステージによっては内乱の最中にある東欧の小国とか、第二次世界大戦勃発前の一九三〇年代の世界なども遊べますからね。
GM:今回はオーソドックスに近未来の日本、その一地方都市をステージとして選択するわよ。
フラン:基本ルールブックに掲載の「東京近郊N市」かな?
GM:それも考えたけれど今回はオリジナルの都市を作成するわ。都市の名前は「夜刀神市」。近年、日本政府の国家戦略プロジェクトである「次期環境都市構想」のモデルケースに選ばれたことにより再開発が行われた港湾都市よ。それにより国内外からの移住も増えて人口が増加、ついには日本では二十一番目の政令指定都市として認められたわ。
美鈴:えーと……外の世界の日本での政令指定都市ということは……。
咲夜:法定人口で五十万人を越える大都市ですね。
レミリア:それはすごいわね。ところでGM。「次期環境都市構想」というのは、いったいどういうプロジェクトなのかしら?
GM:たった今、二秒で思いついたGMの妄言よ。詳しい内容の一切は未定ね。
フラン:平然と国家戦略プロジェクトとか大きなことを言うから、何か詳しい設定が用意されているのかと思ったらっ!(笑)
GN:プレイヤーとしては、新しくて人の多いお洒落な港町ぐらいの認識で大丈夫よ。
美鈴:内陸の幻想郷とは正反対のイメージですね。
GM:せっかくのTRPGだし舞台となる場所のテクスチャーは普段とはまるで違う方がいいかと思ってね。
レミリア:そういえば「夜刀神市」は『DX3』では良く見かける「東京近郊N市」とか「K市」とかのアルファベット系の名前じゃないわね。何か理由があるの? 夜刀神といえば日本の蛇神だったように記憶しているけれども。
GM:あるわよ。とても大切な理由がね。夜刀神という字面が単純に凄く格好良いわ。
レミリア:なるほど。それは確かに大切な理由ね(笑)。
GM:ステージの設定も終わったところで、次はトレーラーの読み上げにうつるわよ。トレーラーとは今回のシナリオの雰囲気をプレイヤーに掴んでもらうために事前に読み上げる、いわば活動写真などで言うところの予告編にあたるものね。それでは聞いて頂戴。
トレーラー