「――外の世界から運んできている葉だから」
だからこそ、口に合うのだろうかと早苗は思った。彼女の生き……住み……そして死んで行くだろうこの世界でも、紅茶を作るものはいる。早苗からすれば、「まがい物だ」と思えてしまうが。
空は晴れやかで、庭を彩る草花は美しく、二人が腰を下ろす椅子は瀟洒だった。
彼女が紅魔館に訪れた事に、深い理由があったわけではない。理由を捜しても、せいぜいが暇だったというくらいだろう。
この世界に満足しているか、と問われれば、満足していると答えることは出来た。用もないのに顔を出せる相手がいることは、この世界に十二分に馴染んだ証でもあるだろう。
「懐かしくなったりしません?」
考えてみれば、彼女も外の世界からやってきた身だ、と思った。
「外の世界が?」
「ええ」
咲夜は紅茶に口を付ける。考える時間はそれだけだった。
「そんな暇なんてないもの。考える事も無いわ」
先刻から、メイド達がひっきりなしに咲夜の下に訪れている、指示を出すこともあれば、一瞬、消えたように見えるだけのこともあった。主が眠りに付くこの時間でも、メイド長に休みはないようだった。
もっとも、いつものことだった。メイド達への指示に時を止めての雑務。その合間に優雅なティータイムを送るなど、咲夜には容易だとわかっていた。そうでなければ、用もないのに顔を出したりはしない。
「私は……たまに考えちゃいます。……考えるじゃないかな、たまに、戻って散歩したり。八坂様に頼んで」
「私は買い出しには行くけれど……それだけよ、賢者様はうるさいからね、余計な事なんてしないでさっさと帰れと」
吸血鬼に食料を供給するのが悪魔の契約であるならば、買い出しはその範疇なのだろう。もっとも、早苗は思う。
「時間が合ったら、外の世界を見て回ったりしますか?」
「時間なんてないわね」
咲夜は笑った。
だから、早苗は驚いた。咲夜を見た時に。
別に、深い用事があったわけではない。強いて言えば、海が見たかっただけだった。電車を降りる。JR横浜駅。イメージしていた街とはちょっと違うなと思った。
こう、横浜だし、海とかきらきらしているんじゃないだろうか。そう思って駅を出れば、ビルが建ち並ぶだけだった。少し歩けばゴミゴミと飲み屋が建ち並んでいる。
期待外れだな、もっと露骨に海な所にすればよかった。思いつつ、駅ビルに足を進めた。なんとなく、服でも見てみようと思ったのだ。服なんて久しく買っていない。外の世界から持ち込んだブーツも傷だらけだ。
特別に高価でも無く、特別に品がいいわけでもなく。だけどどれも欲しくなるような洋服が並んでいた。ああ、こういうのがいいのよねと思う。何を買おうかと迷う瞬間が。
ガウチョパンツを買ってみた。さっき立ち読みした本にはビッグシルエットが流行とあったから。袋の中を思って、少し嬉しくなる。たぶん、一番楽しい瞬間だと思えた。新しい服を買って、どんな服と合わせようと思う瞬間は。
女の子と女の子と女の子が歩いている。自分と同じくらいの年頃、たぶん、大学生だろう。話ながら、店を回っているようだった。
すこし、物足りないなと思った。一人でいることにではない。帰れば、友だちはいくらでもいる。さりとて、服の話をする友人などいるのだろうか? 霊夢なんて、いつも同じ巫女服だし。
「ん」
だから、咲夜を見て驚いたのだ。エスカレーターを昇って、横を見てみれば、咲夜がいた。ブランド名の入った袋を担いでいる。彼女にはそのブランドはチープなんじゃないかなと一瞬は思った。
咲夜の顔を見て思い直す。こうやって見てみれば、自分とさして変わらぬ顔立ちに見えたからだ。
「咲夜さん」
声をかけると、咲夜は困惑したような顔を浮かべていた。
「なんだ、やっぱり寄り道してるんじゃないですか」
「その」
怪訝な顔を浮かべる咲夜を見て、早苗は合点した。
「……ええと、あの、その、すいません。人違いでした」
早苗は慌てて取り繕って、昇ってきたエスカレーターを降りた。
――賢者様がうるさいから。
咲夜の言葉を思い出したからだ。ここで気楽に話しかけるとあとで面倒なのだろう、他人のふりをするのがいいと思った。
なんとなく嬉しかった。あんなにも忙しそうでお嬢様しかないような咲夜が、外の世界でのんびりと服を買っている。……ちょっとは、未練もあるのだろうと思って。
流石に横浜で、港町だった。少し歩けば海がある。海はあまり綺麗では無かったけれど、お洒落なカフェが海沿いのデッキに建っていた。紅魔館よりは美味しくない紅茶を飲んで、海の方を見てみる。日は落ちかけていて綺麗だった。
少し先に、白い建物があった。教会かと一瞬思って、結婚式場だろうと思った。教会と言うほど改まった感じはしない、十字架も立っていない。
それでも、花嫁の姿が見えた。
別に結婚の予定や願望があるわけではないけれど――白いウエディングドレスを見ていると羨ましくなった。
……ああ、だから、外の世界を忘れられないのだろうかと思った。外の世界には「もし」の可能性が詰まっている気がしたから。大学に入って、友だちと服を買いに行く自分、ウエディングドレスに身を包んで、西洋風の結婚式を挙げる自分。
自分が選んだ道には、待っていない自分が外の世界にはいるような気がした。
いけないな、と思って、早苗は椅子から腰を上げる。自分は幻想郷で神として生きると決めたんだから。
……あんまり、外の世界には戻らない方がいいんだろう。意味の無い未練を覚えてしまう。思いながら、会計を済ませた。
もっとも、帰りに家系ラーメンでも食べてから帰るくらいは許されるだろう、いやいや、どうせなら中華街まで乗り込んでしまおうか。
結婚式場の横を歩きつつ、そんなことを考えていた。
「は?」
瞬間、早苗は固まった。そこには咲夜がいたからだ。咲夜が結婚していた。相方はイケメンだった。いやそれはいい、結婚って、結婚って。どこかにレミリアでも混じっているかと思って見回したが、レミリアの姿は無かった。美鈴も、パチェリーも、誰も。
声をかける気分にはならなかった。先刻、他人扱いされたように、また他人のふりをされると思ったからだ。
もはや中華街で食べ歩きどころでは無い。頭が真っ白で、気が付けば布団で横になっていた。夕食は食べたのだろうか。いや、とりあえずラーメンだけは食べてきたなと思いつつ、起き上がる。
「ちょっと出てきますね」
言い残し、紅魔館へ。
「レミリアさん!」
「お嬢様は今ジグゾーパズル作成がお忙しいので」
門番に向かって叫ぶ。
「ジグゾーパズルどころじゃないんですよ!」
「何をそんな大慌てな」
「咲夜さんが結婚してました!」
美鈴は首を傾げ、早苗の額に手を当てた。
「な、なにを。そんな王子さまみたいな行動されても引きませんよ!」
「いや、熱でもあるのかと。……咲夜さんなら今日も忙しくしてましたよ。……って、噂をすれば。私はちゃんと門を守ってますのでご安心を」
「それはわかってるわ。それにしても、早苗。私が結婚したって?」
「そ、そうですよ。ルミネで服を買ってたら咲夜さんがいてデッキでお茶を飲んでたら結婚してて」
「少し落ち着きなさい。……でも、興味が有るわね。詳しく聞きたいわ」
「なるほど」
咲夜は頷いた。早苗には意味が掴めない。困惑した顔で問いかける。
「何がなるほどなんですか、あれは他人のそら似じゃない。咲夜さんでした」
「私の生まれつきの名は違うから咲夜かはさておき……ええ、私だと思うわ」
「じゃあいつの間に結婚したんですか」
「私は独身よ。……でもね、なんどかその子達とはあったことがあるわ。ほら、タイムパラドックスってあるでしょう。私のお札」
分身を作り出す彼女の札……
「……こう、パラレルワールドと言うわね。どこかの世界に生きる私。あれは、彼女達が一瞬引っ張られていて。でも、愉快だわ」
「どうしてです?」
「……外の世界に思いを馳せる暇は無い。でも、『もし』と思うことは有る。どこかの私がまともな人間として生きてるなら……もしは、もう満足かなって」
「そんなものなんでしょうか」
パラレルワールドの自分がいたとして、……そういえばそんな船があると霊夢は言っていたけれど、未練は消えるのだろうか。
「私はね。私は今に一番満足しているから。でも、可能性があって、普通に生きている自分がいるのはいいことよ……それでも、今の自分が一番好きだけど」
どうなんだろう、と早苗は思う。外の世界にもifにも未練がいっぱいで、でも、咲夜の満ち足りた言葉は羨ましかった。
●かぼちゃさん 『もし』
かぼちゃ (2015-10-24 22:20:27)
よしなに
すーふぇー (2015-10-24 22:20:56)
とりあえず、お外にしれっと行ける設定なのは、ちょっと開示欲しかったかなぁ。
百円玉@参加 (2015-10-24 22:21:15)
かぼちゃさんらしいお話でした。
蛆(紅~輝) (2015-10-24 22:21:17)
ガチョウパンツってドリフかと思ったらガウチョパンツだった
かぼちゃ (2015-10-24 22:21:41)
外はページをスクロールする前に出せばいいかなという思いはありました
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 22:22:04)
お話が三つのブロックに分けられる感じで、そのひとつひとつは興味深いしいい感じなんですけど
すーふぇー (2015-10-24 22:22:07)
ザクっと読んでて、3度見くらいして、外行ける設定なのかー、ってなったので。
かぼちゃ (2015-10-24 22:23:17)
ナウな女の子にはガウチョパンツが流行ですよ
蛆(紅~輝) (2015-10-24 22:23:21)
ファッションの事知らないと恥掻いてしまうわぁ
K.M (2015-10-24 22:23:23)
外の咲夜さん視点では、知らない人がフレンドリーに話しかけてきたってことなのね
あめの (2015-10-24 22:23:33)
外行ける設定は面白いと思いました。そういう設定なんだなと私はすぐにわかりました
すーふぇー (2015-10-24 22:23:38)
わたしも、めるめさんとだいたい同じ印象かなー。 たぶん、隙間のところが若干説明不足なんだろうと。
K.M (2015-10-24 22:23:47)
情報バラエティ番組とかで少し聞きましたね >ガウチョパンツ
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 22:23:56)
あとオチはわかったようなよくわからないような……これ咲夜さんの特定のスペル思い浮かべないとわからないパターンなのかなぁ
すーふぇー (2015-10-24 22:24:11)
とおして話を飲み込むと、面白いなぁ、ってなるので、そこの補充だけでいいものになるかなー、って。
【司会】かじつ@参加 (2015-10-24 22:24:27)
オチはちゃんとあるけれども,全体を通してみると何故か捉えどころのない話に感じられる。
あめの (2015-10-24 22:24:52)
ちぐはぐ感がでているのかしら。
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 22:25:07)
書きたいことが多すぎて絞り切れてない印象かなぁ
かぼちゃ (2015-10-24 22:25:32)
外の世界に残っていたら大学にでも行って平凡な暮らしを送っていたんだろうか
かぼちゃ (2015-10-24 22:25:51)
その方がよかったのかなとたまに思ってしまう早苗さん
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 22:25:51)
たとえばこれを三つの独立した話でかけば、それぞれ大変面白いものになるんだと思います
すーふぇー (2015-10-24 22:25:55)
というより、書きたいことに対する描写不足という感じかな。 これ以上下手にカットするとそれはそれで話が行方不明になる気がする。
蛆(紅~輝) (2015-10-24 22:25:57)
二行開けた箇所のつなぎ・メリハリがあいまいに感じたのが気になるカナ。ここだけでもかなり印象変わるかも。
かぼちゃ (2015-10-24 22:26:04)
それ以上は自分の中であんまりないので
あめの (2015-10-24 22:26:06)
早苗の話なのか、咲夜の話なのかわかりづらいところはありますね
すーふぇー (2015-10-24 22:26:39)
早苗の話だと思ってよんだ。
K.M (2015-10-24 22:26:46)
同じく
かぼちゃ (2015-10-24 22:26:52)
咲夜はあんまり意識してないです
あめの (2015-10-24 22:27:18)
私も最初早苗かと思ったのですけど、最後の部分は咲夜が結構色々と語っているから、
あめの (2015-10-24 22:27:38)
最後の方は咲夜の話なの? とも思ったり。
【司会】かじつ@参加 (2015-10-24 22:27:41)
なんというのかね,わりと固有名詞が出てくるわりには,色彩の印象は淡い感じなんだね。
【司会】かじつ@参加 (2015-10-24 22:27:54)
かぼちゃさんの作品にはそういうところがあるように思える。
かぼちゃ (2015-10-24 22:28:25)
あまり具体的に情景を書いていないからかもしれません
百円玉@参加 (2015-10-24 22:28:30)
咲夜さんらしい人が早苗に声をかけられて戸惑う様子がなんか妙にリアル感あった
すーふぇー (2015-10-24 22:28:30)
確かに、スペルカードの話とかは、かえってもっとスッキリしたほうが良かったんかな。
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 22:28:37)
わりとこういう視点はよくないんでしょうけど
桃衣@参加 (2015-10-24 22:28:39)
かぼちゃさんのはどんどん流していくイメージはありますね。
あめの (2015-10-24 22:28:49)
外の世界の描写はすごいですよね。妙な生々しさがあって良かったです
かぼちゃ (2015-10-24 22:28:57)
落ちは時間があればもうちょっと説明できたとは思います
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 22:29:11)
かぼちゃさんの作品をそれなりに読んでいますから、よくわからない固有名詞が出てきたら
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 22:29:39)
いつものかぼちゃさんですねと、若干流す感じになってしまって
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 22:30:03)
いやその固有名詞のこと知らないですから
蛆(紅~輝) (2015-10-24 22:30:15)
22:30になりましたわ。
桃衣@参加 (2015-10-24 22:30:20)
早苗が帰ってきて以降、何所で誰と誰が話しているのが分かり辛いのは時間切れかな。
【司会】かじつ@参加 (2015-10-24 22:30:27)
いいんじゃないかな。かぼちゃさんご自身もそこで立ち止まってほしいと思って書いているわけではないような気が時間切れ
【司会】かじつ@参加 (2015-10-24 22:30:46)
はい。10分短いよ。8作ぶん合わさると長いけどね!
すーふぇー (2015-10-24 22:30:46)
10分短いなぁ。
かぼちゃ (2015-10-24 22:30:46)
最後もやはり時間切れでした
あめの (2015-10-24 22:30:47)
ここまで書けるのはすごいと思いました!
【司会】かじつ@参加 (2015-10-24 22:30:52)
それは確かにね。
かぼちゃ (2015-10-24 22:30:56)
ありがとうございます
すーふぇー (2015-10-24 22:31:04)
まあ、あとは2次会で、みたいなノリか。
桃衣@参加 (2015-10-24 22:31:07)
お疲れさまでした。
すーふぇー (2015-10-24 22:31:13)
お疲れ様でしたー
K.M (2015-10-24 22:31:13)
なぜだか自分でもわからないが、傷だらけのブーツという描写が気に入って心に残りました。
【司会】かじつ@参加 (2015-10-24 22:31:16)
お疲れ様でした。