こんなはずではない! こんなはずではないんだ!
クラウンピースは叫ぶしかなかった。後ろからは、次々と札や針が飛んでくる。どれほどうまく避けようとも、まるでクラウンピースの動きを読みきったかのように、攻撃はクラウンピースを打ちのめす。
おかしかった。自分は、妖精の枠からはみ出るような力を持っていたはず。だからこうして月の表面に来て、月人を排除する役割を負っていた。クラウンピースと、クラウンピースに従う妖精たちの力を合わせれば、神に連なる月人とて、倒すことはたやすい。まして、人間の巫女なぞ、クラウンピースの力をもってすれば、鎧袖一触のはずだ。
そのはずだ。それなのに、クラウンピースは追われていた。全く歯がたたない。クラウンピースが繰り出した攻撃は悉く結界に跳ね返された。対する巫女の攻撃は、正確無比にクラウンピースを打ち据える。その威力も、最近ではとても覚えのないほどに大きい。数撃もらうだけで、クラウンピースは失神しそうにさえなる。いつの間にやら、クラウンピースの周りの妖精は逃げおおせて、戦おうともしない。
すべてがおかしい。必死に月面クレーターを飛び回りながら、クラウンピースは混乱していた。自分は、もっとずっと強かったはずなのだ。なみいる妖精の中でも、ダントツに力があったはずなのだ。それなのに、どうしてこうも地面に這いつくばることになっているのか。
クラウンピースは覚えている。間違いなく、自分はこの巫女と戦ったことがある。この巫女を何度も何度も撃墜したような、そんな記憶がある。妖精のオツムは弱い、と揶揄されることはしきりだし、クラウンピース自身、それ自体を否定するすべはないが、それでも記憶を捏造するほど落ちぶれてはいない。鮮明な記憶は、臨場感をもって彼女を撃墜した場面まで再現してみせる。
なにより、そのときの自分は、今の自分よりもずっと強かったように思えてならない。巫女の類まれなる攻撃は、その時の記憶でも変わらず健在である。しかし、記憶の中の自分は、それを巧みに避けてみせた。攻撃だって、ずっと強かった。もっとずっと緻密に弾をばらまいていたし、その弾一つ一つをとっても、簡易結界一つで跳ね返されるようなことはなかった。だから、記憶の中のクラウンピースは、着実に巫女の体力を削って、ついに撃墜に至らしめた。
では、これは何なのだろうか。自分が弱体化しているとでも言うのだろうか。今や飛ぶこともならず、月面に這いつくばったクラウンピースは、混乱の極みから抜け出すことができなかった。とにかく、逃げなければいけない。自分はこんなものではない。そう、この弱い私は夢なのだろう。きっとそうに違いない。クラウンピースは手を伸ばす。少しでも遠くに逃げなければ。あの巫女の手を逃れなければ、そもそも次なんてないのではないか――
巫女の一撃がクラウンピースの身体を貫いたのは次の瞬間である。クラウンピースの目に、真紅のしぶきが映る。
幾度も追われた。
幾度やっても、巫女は圧倒的だった。何度も何度も殺された。殺されるたび、気づけば巫女と相対している。そして戦い、敗れ、殺される。その繰り返し。
おかしい。クラウンピースは挑み続ける。自分は、巫女に勝ったはずなのだ。少なくとも、互角以上には戦えるはず。自分が実感として持っているはずの実力と、現にクラウンピースの発揮しえる実力との差が、あまりに乖離している。だから、クラウンピースは、いつまでたってもこれがなにか嘘のようにしか思えない。すべてが、何か噛み合わない感覚。
ただ、それ以上考える暇がなかった。いつも巫女は圧倒的で、落ち着いて考える暇もなく、クラウンピースは逃げなければならなかったのだ。だが、逃げても逃げても巫女は追ってくる。そして、為す術無く殺される。ある時は腹部に大きな穴があき、ある時は首が飛び、ある時はぺしゃんこになった。
おかしい。自分は妖精だ。だから、何度死んでも復活できるのはわかる。しかし、こうして何度も何度も同じ場面にいる、というのはおかしい。復活するたび、巫女が殺しに来ているとも考えづらい。そこまでの怨みを買った記憶はないのだ。
クラウンピースは、わけも分からぬまま、しかしまた巫女と相対する。
「いやはや。あなたも中々しぶといですねぇ」
幾度目なのかはわからない。数えきれぬほど殺された後になって、はじめて巫女ではないものが正面に現れた。まるで寝間着のようなずるっとした服は、月の過酷な風景には似合わない。その表情も半眼で、眠そうに見える。巫女と違って、妙に現実味が薄く、しかしクラウンピースには彼女が現実にそこにいるように思える。夢と現とが、互い違いになっているように感じられた。
「あんた、だれだ!」
クラウンピースは叫ぶ。きっと、こいつがこんなことになっている原因に違いない。
「おや、まだ元気ですか。さすがは妖精ですねぇ」
答えを出さず、その少女はゆるく笑った。嘲笑っているように、クラウンピースは感じられる。
「あんたが、あたいをこんな目に合わせてるんでしょ! 名を名乗れ!」
「ふむ。思ったより現実を把握してもいる。さすがは、女神直属の妖精ですね」
「おい、話を聞け! 勝手に納得するな!」
クラウンピースが彼女に近寄ると、ようやく彼女はクラウンピースの顔を見た。
「私ですか? 私は獏ですよ。ドレミー・スイートといいます」
「獏? なんで、そんな動物風情が」
「おや、獏をご存じない? 妖精だからって、無知ではいけませんよ。獏は、夢を食べたり操ったりするのです。あなただって、見るでしょう? 夢」
そう言われて、はた、とクラウンピースは納得する。
「要するに、お前が私の死ぬ夢を、見せてたんだな! なんのつもりだ!」
あたいは何一つ悪いことをしてないじゃないか。クラウンピースは詰め寄ろうとするが、ドレミーはするすると逃げていく。
「まあ強いて言うなら、罰、ね。ちょっと、月人に頼まれてね」
「あんた、月人の一味なのか!」
「ええ、まあ。いろいろ付き合いというものがあって」
相変わらず不敵に笑っている。クラウンピースは、それが気に食わなかった。
「そ。それじゃ、あたいにやられるがいいさ。ご主人さまからも、友人さまからも、月人の一味には何やってもいい、って言われてるんだ。それに、あたいをこんな目に合わせたこと、許せないもん!」
クラウンピースは、松明を取り出す。ドレミーは少し遠いが、それでも十分射程内。夢のなかならいざしらず、この場で勝てるとでも思っているんだろうか。
「おや、私とやりあうのですか? やるというなら構いませんが、しかし、あなた勝てると思ってるの?」
「なんだ、あたいに怖気づいたのか?」
「いえ。あれだけ殺されても、まだやる気なのか、と思って」
にやにや。慇懃無礼な態度がことさら気に食わない。
「何よ、夢の中では弱いからって、一度外に出てしまえば関係ないわ!」
「おや、今ここは、現実なのですか?」
「そうに決まってるでしょ! だって、あなたがそこにいるんだもの」
答えると、ドレミーの笑みが、半ば攻撃的に歪む。クラウンピースにはそう見えた。
「逆に問いますが、あなたが見た"死"は、本当に夢ですか?」
なんだ、こいつは。頭がいかれたのか? 戦闘姿勢を解かないクラウンピースに、ドレミーは続ける。
「あなたは、自分の力で巫女を倒したと、そういう記憶をお持ちでしょう。だから、あなたは自分が殺された場面をすべて夢と考える。ですが、よく考えてみなさい。どうして、巫女を倒した記憶が現実で、殺された場面が夢だ、といえるのです?」
「何を言ってる。あたいは、巫女を倒した記憶だけははっきり持ってるんだ! そこを間違えるわけ無い!」
「本当でしょうか。あなたは、本当にそんなに強いの? そもそも、妖精はそれほど強くなれるのですか?」
ドレミーの言葉に、慌ててクラウンピースは、記憶を掘り返す。巫女を倒した、その時の記憶を。
「思い出せますか? 巫女が何を着ていて、どのような表情を向け、どんな弾幕をつかい、どのように躱し、どのように攻撃を受け止め、そして、どのように落ちていったか」
ドレミーの言葉に追われるように、クラウンピースは思い返す。
そこに至って、クラウンピースの背に冷や汗が吹き出した。思い出せぬ。一体、あのとき何があったのだろうか。巫女がどのような姿だったのか。顔だったのか。思い出そうとすればするほど、自分が巫女に打ちのめされた、あの数限りない"夢"を思い出す。
「ほら、思い出せないでしょう。あなた、それは所詮夢だったのですよ。あなたにとっての"現実"は、殺された方です」
クラウンピースは、固まった。自分は、強い妖精ではなかったのか。だから、こうやって月の表面で、月人を打ち払っていたのではないのか。そのように、主人に命じられたのではないか。
「でしたら、あえて現実を教えてあげますよ」
思考がもつれるクラウンピースに、ドレミーは言葉を続ける。
「あなたは、今も地獄にいるのですよ。地獄で、いつか強くなった自分を夢見ている。ただ、それだけなんです」
地獄。クラウンピースは思い出す。地獄の獄卒に戯れで殺され、鬼に遊ばれ、ボロクズのようになる日々を。クラウンピースは、そんな文字通り地獄の中で、いつか強くなろう、と思い立った。元来、楽天的で刹那的な妖精にはありえぬほどの努力の果て、クラウンピースは、女神からの加護を得て、力を得て、その地獄を脱した。
脱した? それが夢? 現実は、こうやった何度も何度も殺される、か弱いクラウンピースなのだろうか。
もはやクラウンピースは、何が現実で、何が夢かもわからない。
「あなたは、今も地獄にいるのですよ。あなたが力を得て、女神に信用され、月の侵略を任される? それは、あなたの夢。現実から逃避して見ている、希望なだけよ」
ドレミーの言葉は、もはやクラウンピースには届かない。
クラウンピースの甲高い叫びだけが、月面に響く。
もう少し持つと思ったのだけれど。
ドレミーはひとりごちる。
彼女は、間違いなく類まれなる妖精だった。だから、試したのだ。
もしこれを超えられれば、きっと彼女は、妖精の枠を越える。
そうすれば、きっとドレミーの話し相手にだってなった。ついでにいえば、女神からの独立だって果たしただろう。そうしたら、奴らの力を削ることにもなる。一石二鳥だったはず。
しかし、折れてしまったらしい。クラウンピースは、もうそこに力なく浮かんでいるだけだ。妖精のことだからそのうち復活するだろうが、またここの領域に来るのはいつのことやら。
つまらないなぁ。
もう少し遊び相手になればよかったのに、とドレミーはまた独り、夢の世界をさまようのだった。
●『槐安国の使者がくる。』 A.feudatorius氏
【司会】かじつ@参加 (2015-10-24 22:31:50)
42分まで。
百円玉@参加 (2015-10-24 22:31:56)
これちょっと怖かった
蛆 (2015-10-24 22:31:57)
本当は怖い幻想郷
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 22:31:57)
SFですね
K.M (2015-10-24 22:32:22)
夢か現か、というのは定番ですがやはりゾクッとしますね
百円玉@参加 (2015-10-24 22:32:24)
夢の扱いが面白かったです。
【司会】かじつ@参加 (2015-10-24 22:32:24)
こういうの読むと
【司会】かじつ@参加 (2015-10-24 22:32:42)
さとりとドレミーってけっこう似た動き方できるのかなという気がしてきますね。
あめの (2015-10-24 22:32:46)
一時間でこれだけ書かれたら何も言えないというか、お話の構成や文章の選び方がとてもお上手だなと。
桃衣@参加 (2015-10-24 22:32:52)
これ今考えたとは思えないほどよくできてますよね。枠ががっちりしていると言うか。
百円玉@参加 (2015-10-24 22:33:14)
ドレミ―の勝手さが東方キャラらしい感じ
すーふぇー (2015-10-24 22:33:25)
構成3分 設定確認10分 みたいな。 口調がわからんで苦労した。
かぼちゃ (2015-10-24 22:33:43)
僕はちょっと夢か現かがごちゃついている感は覚えました
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 22:33:49)
とりあえずツッコミ所が見つからない、完成度高いですね
かぼちゃ (2015-10-24 22:34:04)
形式的にそりゃあごちゃつくと言うよりは
ライア@参加 (2015-10-24 22:34:20)
(クラウンピースが地獄に居たというのは公式なのか独自なのか
【司会】かじつ@参加 (2015-10-24 22:34:37)
クラウンピースはもともと地獄の妖精ではなかったかな
かぼちゃ (2015-10-24 22:34:43)
実は現実だっていうのを考えにくい?
すーふぇー (2015-10-24 22:34:47)
地獄の妖精だったはず。
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 22:34:50)
ただ纏まりが良すぎて、いや一時間で書いたものにそういうの要求するのはもう理不尽なんですがw
ライア@参加 (2015-10-24 22:34:53)
ほう
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 22:35:21)
満足感はあったけど驚きはなかったかなぁと
桃衣@参加 (2015-10-24 22:35:26)
強いんだか弱いんだか分からないドレミーに、弱い妖精なのに強くて弱いクラウンピースのキャラがよく出ていました。(口調で若干チルノ臭がしましたが)
すーふぇー (2015-10-24 22:35:34)
しってる。 >驚きがない
すーふぇー (2015-10-24 22:36:09)
本当は、地獄の生活の描写をがっつり入れる予定だったんですよ。 そこで、もう一起伏つける予定だった。
すーふぇー (2015-10-24 22:36:14)
時間足りぬぇ!
【司会】かじつ@参加 (2015-10-24 22:36:22)
それはさすがに1時間では厳しいだろう……
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 22:36:26)
足りるわけがない!
蛆 (2015-10-24 22:36:30)
幾度も追われた~ の部分を、最初の部分から数行空けているのは何故かしらん。
すーふぇー (2015-10-24 22:36:51)
一度死んでるし。
蛆 (2015-10-24 22:37:03)
あー
百円玉@参加 (2015-10-24 22:37:26)
最初は、ゲームのシステムを揶揄したお話なのかなって思って、
蛆 (2015-10-24 22:37:31)
最初の部分ではまだクラピーが混乱中で、幾度も追われた~の部分は少し落ち着いて考えをまとめ始めたって分け方かなと思った
百円玉@参加 (2015-10-24 22:37:57)
そしたらもっと冷酷なものでした。
K.M (2015-10-24 22:38:01)
システム的には、難易度下げたら弱体化になるんだろうか >揶揄
桃衣@参加 (2015-10-24 22:38:20)
読んでて、あ、霊夢レガシーで挑んだけと完全無欠に切り替えたんだなと思ったり。
百円玉@参加 (2015-10-24 22:38:33)
思った思ったw
すーふぇー (2015-10-24 22:38:49)
あー、霊夢が途端に強くなるからか。
すーふぇー (2015-10-24 22:39:05)
その辺り、ぶっちゃけ考える暇なかったから、ぼかしたのよね。
すーふぇー (2015-10-24 22:39:14)
本当は霊夢に負けてるはず、とかも含めて。
蛆 (2015-10-24 22:39:28)
弾幕ごっこは危険だナァ
【司会】かじつ (2015-10-24 22:39:37)
システム的なあれは確かに思いましたね。
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 22:40:01)
こういう適度な重さの文体が、何故か逆に新鮮に思えたり
【司会】かじつ (2015-10-24 22:40:55)
かといって重過ぎるわけでもなく,ちょうどいい感じかな。
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 22:40:59)
何故かはよくわかりませんが
桃衣@参加 (2015-10-24 22:41:25)
なので、私としてはシステム的な話だと最初は誤認識していたのでそこまで起伏が無いとは思いませんでした。
百円玉@参加 (2015-10-24 22:41:42)
槐安国ってなんでしょう?
すーふぇー (2015-10-24 22:41:44)
ああ、誤認させるのも手なのか。
【司会】かじつ (2015-10-24 22:42:02)
槐安の眠りって原作セリフにもあるからね
【司会】かじつ (2015-10-24 22:42:07)
あれはなかなか好き
すーふぇー (2015-10-24 22:42:10)
http://www.woodman.biz/moji76.html 簡単にいうとこれね。
蛆 (2015-10-24 22:42:15)
42分ですわ。
K.M (2015-10-24 22:42:16)
槐安国、南柯の夢よりも胡蝶の夢のほうがメジャーですかね
百円玉@参加 (2015-10-24 22:42:22)
かっこいい……!
かぼちゃ (2015-10-24 22:42:29)
これは誤認を狙わない方がよさそうな気がした
かぼちゃ (2015-10-24 22:42:33)
常に時間は無い
すーふぇー (2015-10-24 22:42:35)
本当は、冒頭とオチに、槐安の漢文ひく予定だった。
【司会】かじつ (2015-10-24 22:42:49)
お時間ですね?
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 22:42:54)
このクオリティでこれだけ書いて、色を変える余裕までw
K.M (2015-10-24 22:42:59)
ですね。お疲れ様でした。
すーふぇー (2015-10-24 22:43:00)
書き下したあたりで時間無理と気づいた。
【司会】かじつ (2015-10-24 22:43:05)
お疲れ様でした。