「なんか面白いことしてください」
突然庭掃除の最中にやってきてせっかく掃き集めた落ち葉の山を散らしてくれた相手を前に、魂魄妖夢は眉のひとつも動かさなかった。
何せ妖夢のあるじはあのへっぽこお姫様である。無茶振りしてくる相手への対応は慣れているのである。
「じゃあ文さんのパンツのゴムをこれから切ります」
「それのどこが面白いんですか」
「じゃあ文さんのブラのホックをこれから切ります」
「セクハラって言葉知っていますか?」
「パワハラという言葉知っていますか?」
とはいえ、慣れていることと腹が立たないことはイコールではない。
妖夢は深々と息を吐いて、そして目の前の相手を無視して庭掃除を再開した。
「ちょっと、お客様を無視するとか。品格が疑われますよ?」
「面白いことが欲しいなら紅魔館にでも行ってください。あそこなら常に爆発する準備ができています」
「私気がついたんですよ。面白い人が面白いコトしたって面白いだけで、記事が面白くなるわけでは無いんですよ」
「それで?」
「普段真面目な方が馬鹿なコトやってこそ面白い記事になるんじゃないかと」
「だから?」
「なんか面白いことしてください」
さて、と妖夢は考える。
この赤新聞野郎をあしらうのは簡単である。ここで切りかかればいいのだ。
無論、妖夢が文から勝ちを得られるか、といったらそれは当然否である。
相手は千年を生きて来た鴉天狗だ。半人前如きが勝利するのは無理とは言わないまでも困難であることは疑いない。
だが相手は新聞のネタを求めてわざわざ白玉楼まで来ているのであるからして、これを話を聞かずに刀で追い返すのは十分に効果がある。
ネタにならないところに延々と留まって、かつ延々刃を避け続けなければならないなど。
目の前の聡明な鴉天狗が選択するはずはない。
――でも、あることないことばら撒かれても困るんだよなぁ。
魂魄妖夢は知っている。
天狗の力とは紙の力である。その波及効果は決して馬鹿にできるものではない。
それが例え、新聞としてより新聞紙として人々に愛される文々。新聞であってもだ。
「対価を聞きましょう」
魂魄妖夢は知っている。
無理に風に逆らって歩くよりも、風に乗って歩いたほうが楽であると。
そう妖夢が訊ねると、鴉天狗はふわりと妖夢の前に舞い降りてきた。
にんまりと笑って、懐からネガフィルムを三本取り出して妖夢に手渡してくる。
「霧雨魔理沙、博麗霊夢の幼いころの写真集、東風谷早苗の幻想郷ギャップ写真集でどうです?」
「よし乗った」
頷いた妖夢はネガフィルムを颯爽と懐へと仕舞う。
念のため記載しておくが、魂魄妖夢はペドフィリアでも、幻想郷と外界のギャップを前に重ねられた醜態を嘲笑う悪魔でもない。
決して魔理沙や早苗たちが顔を真っ赤にするようなそれらの写真を見てほくそ笑んだりするわけでもない。
それらの写真は傍若無人で人の言うことを聞かない連中に言うことを聞かせるために使うのである。
魂魄妖夢は苦労人であり真面目であるため、人の揺するようなネタを自ら回収したりはしない。
そんなものはそれが得意なやつに任せておけばいいのだ。ほれ、このように。
「こういう写真、私のもやはりあるんですかね?」
「そこはご想像にお任せします」
営業スマイルを崩さない文への不快感を、妖夢は内心で切り捨てた。
こういう奴は何を言っても止まるものではない。怒るだけ無駄である。
本当に腹が立ったならいつか力をつけて八つ裂きにしてやればいいのである。今怒るだけ無駄というものである。
「じゃあ、契約成立ですね!」
「それで? 小麦粉の中にでもダイブすればいいんですか? それとも顔面でパイ受け止めればいいんです?」
「……なんか、微妙に自虐的ですね」
「慣れてますので」
さらりとそう言い切った妖夢に文は若干気圧されたようだった。
否、さっと前髪をはらった妖夢の、その背中にある苦労の数々に文は圧倒されたのだ。
それらの苦労はまさに西行寺幽々子の面影をはらんで、妖夢の背後、見越し入道の如くにオーラを形成していた。
はて、これは夢か幻か?
そのヴィジョンは文の目の前でかくと実体化し、すぅっと扇子を突きつけてきて「ねぇ、妖夢?」。文へと柔らかな笑顔で語りかけてくる。
その笑顔を前に文の呼吸は停止した。喉がカラカラになって、言葉を発するどころか口を開くこともままならない。
何という重圧、なんという理不尽。
圧倒的密度でもって叩きつけられるこのプレッシャーときたらどうだろうか?
凄まじい威圧感、圧迫感に射命丸文の心は折れた。
膝は情けなくもガタガタと震え、背中はぐっしょりと冷たい汗で濡れている。
全身の毛穴という毛穴から、ありとあらゆる精気が雲散霧消してしまったかのようだ。
なんたる恐怖、絶望感よ。
今の文はまさにひのきの棒一本でザキとベホマを連発してくるラスボスに挑む哀れな道化にすぎぬ。
どうやってこれに打ち勝てばいい? いや、そんなことは不可能だ。勝てるはずがない。
例え何度生き返ることが可能だとしても、たとえどれだけラスボス前のセーブデータがあったとしてもそれは変わらぬ。
死ぬしかない。死ぬしかないのだ。死ぬがよい。死ね、死ねしねしねしねしね――
「もし?」
妖夢に肩を揺すられて文ははっと我に帰った。
今の体験は一体なんだったのだろうか? 否、射命丸文は知っている。
あれはこれまで魂魄妖夢が体験してきた世界の、その一端であるのだと。
千年の時を生き抜いてきた鴉天狗は気圧された。
魂魄妖夢の、それでも今を生きるその生命力に文は圧倒されたのだ。
「あ、ええと……妖夢さんの負担が少ない方法でいいです」
「そう言われても、私切ることと庭を作ることくらいしかできないですけど」
文は涙した。弛む瞳を留めることなどできはしなかった。
アレだけの業を背負っておきながら、こうも真顔で己の取材に付き合ってくれる魂魄妖夢のその実直さに落涙したのである。
「なんで泣いてるんですか?」
「いや、うん。春風が目に沁みて」
そう零した文を前に、妖夢は不満げに頬を膨らませる。
「ちゃんと考えてくださいよ。言われたことなら大概できますけど、正直ネタを生み出すのだけは苦手で……あ、そうだ」
「どうしました?」
「一つ、面白いかどうかは分かりませんが、考えてみたのでやっていいですか?」
「え、ええ、はい! 魂魄さんのやりたいようになさってください!」
「……さっきからなんか、文さんらしくなくて不安になりますが……それでは」
何かに怯えているかのような文の態度。
それに一度怪訝そうに眉をひそめたものの、妖夢は腰の白楼剣を引き抜いて、それを脇に構えた。
一閃。
横一文字に刃を振りぬいて、納刀する。
「終わりました」
「何をやったんです?」
「ええと、これはですね」
●『切れぬものなどあんまりないのである。』 桃衣氏
【司会】かじつ (2015-10-24 23:25:36)
35分まで,ね。
K.M (2015-10-24 23:25:44)
苦労人妖夢に涙
【司会】かじつ (2015-10-24 23:25:47)
このオチに わたしの怒りが 有頂天
桃衣@参加 (2015-10-24 23:25:59)
ふはは。
あめの (2015-10-24 23:26:04)
私も文ちゃんのパンツの紐とブラのホック切りたい
ライア@参加 (2015-10-24 23:26:15)
妖夢さん切ってください
かぼちゃ (2015-10-24 23:26:17)
落ちは上手い
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 23:26:19)
とりあえず導入で、妖夢と射命丸だってのがわかり辛くて躓いた感
【司会】かじつ (2015-10-24 23:26:24)
こちらはあんまり綺麗じゃない射命丸
すーふぇー (2015-10-24 23:26:28)
よーむって、わりと真面目な印象があるので、冒頭で誰かわからんかったかなぁ。
【司会】かじつ (2015-10-24 23:26:49)
妖夢は案外おちゃらけたところありますよ
K.M (2015-10-24 23:27:23)
忙しい時にめんどくさい相手が来たらああいうあしらい方したくなる気持ちはわかる気がする
すーふぇー (2015-10-24 23:27:32)
その辺りは、キャラ認識の問題だからなんとも言えない。 ただ、パンツとかブラとかいきなり言い出す印象は、私的にはあまりなかったので。
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 23:27:39)
そのおちゃらけた成分が薄いのは、このへんは各人の捉え方だから仕方ないですけど
蛆 (2015-10-24 23:27:47)
文が妖夢のオーラに気圧されたあたりがちょっと理解するのに時間かかった
桃衣@参加 (2015-10-24 23:27:51)
妖夢は結構弄られ役になる事が多く、射命丸はその逆なので、その立場を逆にしたかったのだ……
【司会】かじつ (2015-10-24 23:27:51)
コメディ時空かな
百円玉@参加 (2015-10-24 23:27:52)
セクハラとパワハラのくだりがおもしろかったです
【司会】かじつ (2015-10-24 23:28:03)
オーラ辺りは確かに掴むのに戸惑ったかな
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 23:28:04)
そのへんがなんていうか
かぼちゃ (2015-10-24 23:28:07)
妖夢のオーラの部分はギャグにしてもぴんとこないかなあとは
すーふぇー (2015-10-24 23:28:08)
コメディ時空なのはわかるんですけどね。
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 23:28:21)
展開が明後日な方向に飛んでった感じで
ライア@参加 (2015-10-24 23:28:31)
ギャグ時空と理解するのに少し進まないといけなかったのがおしい
かぼちゃ (2015-10-24 23:28:33)
明確に何かが起きているわけでもなくて、射命丸の心象一つで攻守が逆転しているんですよね
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 23:28:40)
それまでの展開は何だったんだろう
百円玉@参加 (2015-10-24 23:28:42)
オーラじゃなくても幽々子様本人が出てきてもよかった感
ライア@参加 (2015-10-24 23:28:47)
最初から分かっていればよかったかも
かぼちゃ (2015-10-24 23:28:57)
じゃあここまでいじっていたのはなんなのだろうと
【司会】かじつ (2015-10-24 23:29:12)
わたしは最初,そう思いました
【司会】かじつ (2015-10-24 23:29:25)
射命丸が妖夢を弄っていたから主が出張ってきたのかと
すーふぇー (2015-10-24 23:29:26)
うん、なんか私は冒頭で置いてきぼりになったまま、乗りそこねた感じだなぁ。
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 23:29:28)
唐突な展開を作者が制御しきれてない感じですね
【司会】かじつ (2015-10-24 23:29:45)
そうしたらどうやら単なるオーラだったようで?
K.M (2015-10-24 23:30:07)
とりあえず、写真ならともかくネガは渡すにゃ貴重品なんじゃないかな、と
桃衣@参加 (2015-10-24 23:30:12)
うーん、最初から別に妖夢が弄られているようには書いてないつもりだったのですが。
かぼちゃ (2015-10-24 23:30:16)
冒頭はキャラが誰かは理解できるし、そういうキャラだということで私は問題は感じないかなと
すーふぇー (2015-10-24 23:30:16)
このオチ自体は、結構面白いと思うんですよ、Webでしかできないような、というか、そそわでしかできないような、というか。
【司会】かじつ (2015-10-24 23:30:28)
オチは上手いですね
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 23:30:31)
ああなんとなくわかった
あめの (2015-10-24 23:30:33)
オチはいいですわね
すーふぇー (2015-10-24 23:30:39)
むしろ、落語みたいに淡々と物語を積み上げていって
すーふぇー (2015-10-24 23:30:48)
サゲとして、これ持ってくるといいのかな。とかちょっと思った。
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 23:30:54)
それまで妖夢寄りの視点だったのが、オーラの下りで
かぼちゃ (2015-10-24 23:30:58)
なんで射命丸かここまで変わるのか理解できないのがネックで
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 23:31:20)
ちょっと言い方悪いですけど、雑に射命丸寄りの視点になってしまったから
K.M (2015-10-24 23:31:23)
あぁ、視点の問題
かぼちゃ (2015-10-24 23:31:28)
これが直接幽々子で脅しをかけてるというなら問題は無かった気が
【司会】かじつ (2015-10-24 23:31:36)
視点は唐突に変わってしまった感じがありましたね
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 23:31:49)
展開の急さも手伝って、読者が投げ出されてしまった
桃衣@参加 (2015-10-24 23:32:22)
やはりノリだけで書いていると悪いところがでてくるなぁ。
あめの (2015-10-24 23:32:49)
白衣さんっぽさは出ているな、と思いましたけれどね。良い感じに。
あめの (2015-10-24 23:33:00)
白衣さんじゃねえや、桃衣さんだ
【司会】かじつ (2015-10-24 23:33:01)
桃衣さんですよ!?
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 23:33:02)
時間の短い文トレだからいいと思いますけどね
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 23:33:08)
白衣さんって?
【司会】かじつ (2015-10-24 23:33:11)
その正体は不明なのです
百円玉@参加 (2015-10-24 23:33:25)
だれだだれだ
あめの (2015-10-24 23:33:27)
いろんな色がいるからわからなくなるんだ!
かぼちゃ (2015-10-24 23:33:39)
ギャグだから唐突な展開や、原作からぴんと来ないキャラがあってもいいとは思うのですが
かぼちゃ (2015-10-24 23:33:55)
唐突と理解できないは別ですからね
かぼちゃ (2015-10-24 23:34:21)
意味不明なことでもなんと突っ込めばわかるものでないと
すーふぇー (2015-10-24 23:34:34)
どうだろ、たぶん、ギャグだからこそ、原作とのつながりは地味に大切なんじゃないかしら。
めるめるめるめ(不参加観戦 (2015-10-24 23:34:34)
いっそオーラの下りをさっくりなくしてしまったら、纏まりのよい小話になったかも
蛆 (2015-10-24 23:34:36)
しかし改めてこのオチは、良い意味で悔しいナァ。白楼剣というのもポイント高い。
すーふぇー (2015-10-24 23:34:58)
あのキャラがあんなことしている、というギャップを楽しむには、最初にそのキャラであることを印象づけないといけないですし。
【司会】かじつ (2015-10-24 23:34:58)
作者の迷いごと断ったんですね
蛆 (2015-10-24 23:35:17)
35分ですわー。
桃衣@参加 (2015-10-24 23:35:32)
どうせ時間がなくなるからと思ってのあのオチだったのは内緒だ。
【司会】かじつ (2015-10-24 23:35:35)
お時間ですね。
K.M (2015-10-24 23:35:41)
作者の迷いも斬れるのか。 お疲れ様でした
あめの (2015-10-24 23:35:42)
便利なオチだ
すーふぇー (2015-10-24 23:35:49)
お疲れ様でしたー
あめの (2015-10-24 23:35:52)
お疲れ様です
桃衣@参加 (2015-10-24 23:35:58)
お疲れさまでしたー。
百円玉@参加 (2015-10-24 23:36:01)
おつかれさまでした
【司会】かじつ (2015-10-24 23:36:01)
お疲れ様です。