幻想郷は平和で穏やかな楽園だ。
妖怪にとっても、人間にとっても。
――そんなことはあり得ない筈なのだ。妖怪が人間を襲い、人間が妖怪を退治するという、両者の逃れ難い関係性からすれば。
ただ、この郷の管理者を始めとする有力な者たちが、その欺瞞を力づくで「事実」とした。事実はやがて真実なのだと信じられるに至り、それが虚実の境界の一として、この閉じられた世界を縛りつけたのだった。
だが、それでも歪みは時折現れる。
避け難い、それは幻想の摂理だった。
「……」
射命丸文は、眼前に横たわる死骸を無言で見下ろした。
いや、正確に言えば死骸ではない。もうじき死骸となるであろう、瀕死の妖怪だ。
身体中に穿たれた傷口からは、赤いというよりは黒っぽい血が絶えまなく流れ出しており、呼吸は天狗の耳をもってしなければ聴こえないほど微かである。
その妖怪が何故死に掛けているのか、文は知っていた。
単純な話だ。襲ってはいけない時間に、襲ってはいけない場所で、襲ってはいけない相手を襲ったからだ。
「襲った」というのは、ごっこ遊びではなく、文字通りのことだろう。
結果として、彼は退治された。
仕方のないことだ。当然の報いだ。
――人間を襲うだなんて、莫迦なことを仕出かしたのだから。
ろくに人型にも変じられないような力のない妖怪が、人間を襲ってただで済むわけがないのだ。
新聞記者として四方八方を翔け回っていれば、嫌でもこうした「事故」は見聞きすることになる。
事件ですらない。襲われた人間は不運だったのだし、原因は速やかに取り除かれる。
愚かな下級妖怪が暴れ狂い、排除されるという自動的な流れ。
だが……何故なのだろう。
文は、目の前で死に掛けている彼を、ただ愚かだとは切って捨てられなかった。
むしろ、奇妙なことに同情めいた思いすら抱いていたのだった。
「同情……? くだらないですね」
報道とは、主観から逃れられぬ範囲で、最大限の客観を目指すものである。
当然、文もまた身の回りの対象に過度の思い入れを持つことを自らに禁じていたし、それがごく自然なこととして振る舞えるようになっていた。
ならば、このように退治され、消えてゆくばかりとなった妖怪たちを見るたびに胸を去来するこの思いは、一体何なのだろうか。
文は彼の顔をじっと見る。
ほどなくして存在が消滅する筈の彼は、しかし満足げな表情をしていた。
思わず釣られて笑いそうになって、文はハッとする。
その感情は。
退屈な日々から抜け出したいと最速を目指した自分の、
窮屈な妖怪の山から解放されたいと人里に近づいた自分の、
よく知るものだったからだ。
しがらみから抜け出したい。
組織に属すると不自由でかなわない。
だけどそれは、もっと根本的なもので。
妖怪という存在を縛る、この世界から解放されたいという想いだった。
「……ふん、やはり莫迦ですよ、貴方は」
名も知らぬ彼に、文は言う。
けれども、その口元は緩んで。
――気持ちは、わからないでもないですけどね。
目の前に転がる死体に向かい、そっと手を合わせると、文は風のように去っていった。
~完~
キャラ「射命丸文」
感情「親近感」
時間:45分間
いちご
●『――きっと、その笑みは。』 いちご
這い寄る妖怪(参加) (2012-12-16 02:01:50)
橙の軽蔑とか地獄的な難しさでしたよ
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 02:02:07)
あ、たしかにそうだ。あれはきっつい
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 02:02:14)
確かにw
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 02:02:34)
相変わらずの安定感ですよね
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 02:02:46)
この作品は、やっぱり上手いなぁと
常@参加 (2012-12-16 02:02:52)
安心して読めた。
つくね@鈴仙と参加 (2012-12-16 02:02:53)
親近感、なのかなとちょっと思ったけど、親近感か。
這い寄る妖怪(参加) (2012-12-16 02:02:54)
ストーリーの完成度がピカ一
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 02:03:01)
なんというか、ゲームだと勇者みたいな安定感
南瓜(参加) (2012-12-16 02:03:23)
過不足無く
常@参加 (2012-12-16 02:03:50)
文の性格がよく表現されているなぁと。
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 02:05:00)
ツッコミどころがすくないのよねぇ
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 02:05:10)
うんw
サバトラ@見学 (2012-12-16 02:05:12)
特に言うことないなぁ
這い寄る妖怪(参加) (2012-12-16 02:05:16)
正直完成度が高くて逆にコメントに困る。
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 02:05:23)
かじつさん、もっと隙のある作品かいてよー
いちご@参加 (2012-12-16 02:05:34)
えー
南瓜(参加) (2012-12-16 02:05:44)
まとまりがありますからね
南瓜(参加) (2012-12-16 02:05:54)
これでこの妖怪をあれこれ書いても蛇足で
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 02:05:59)
こう、最後に 文は親近感を覚えた!! みたいなかんじの
常@参加 (2012-12-16 02:06:06)
ちょw
這い寄る妖怪(参加) (2012-12-16 02:06:09)
書きたいこと(楽園からの開放)とお題とキャラがしっかり噛み合ってて。
サバトラ@見学 (2012-12-16 02:06:16)
むしろ、登場キャラの方にツッコミがある感じ
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 02:06:22)
ちょ!
南瓜(参加) (2012-12-16 02:06:45)
↑繋ぎ次第で削除可
いちご@参加 (2012-12-16 02:06:45)
ふむふむ。
いちご@参加 (2012-12-16 02:06:51)
それはw
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 02:06:55)
おいぃw
つくね@鈴仙と参加 (2012-12-16 02:07:03)
随分懐かしいネタをまた
サバトラ@見学 (2012-12-16 02:07:37)
いやー、一週間も修正依頼を待っていた身としては忘れがたいw
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 02:07:54)
「……ふん、やはり莫迦ですよ、貴方は」 この台詞を最後に持って来たのがよかったですね
南瓜(参加) (2012-12-16 02:08:32)
お題が親近感ですが距離の取り方がいいと思いました
常@参加 (2012-12-16 02:09:20)
瀕死の妖怪は誰にやられたのかな。
常@参加 (2012-12-16 02:09:36)
人間を襲ったっていうのは分かるんだけど。
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 02:09:50)
その台詞をわざわざ言うということは、やっぱり文が妖怪に対して親近感を抱いていたことの裏返しなのだろうなと
つくね@鈴仙と参加 (2012-12-16 02:09:54)
退治とあったから人間の誰かだとは思いますが。
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 02:09:55)
幻想郷だぜ? 雑魚妖怪ぐらい倒せる人間はごろごろしてるにきまってるじゃない
常@参加 (2012-12-16 02:09:56)
襲ってはいけない時間と襲ってはいけない場所が分からなかった。
U.N.owen(参加) (2012-12-16 02:10:12)
場所はきっと人里かな、と
常@参加 (2012-12-16 02:10:13)
その位かなぁ。読み込み不足かしら~。
南瓜(参加) (2012-12-16 02:10:28)
確かに時間はわからないかも
サバトラ@見学 (2012-12-16 02:10:32)
常さんのそれは、書かなくてもいい情報ではあると思いますね。
いちご@参加 (2012-12-16 02:10:34)
ごめん
南瓜(参加) (2012-12-16 02:10:44)
場所は必要と思います
いちご@参加 (2012-12-16 02:10:44)
時間は正直,リズム感の為に入れた
這い寄る妖怪(参加) (2012-12-16 02:10:51)
時間と場所は「そういうものもあるんだろうな」と思って読んでた。
常@参加 (2012-12-16 02:10:51)
なるほど。
カミソリの値札 (2012-12-16 02:10:57)
昆布
U.N.owen(参加) (2012-12-16 02:11:02)
おひさー
いちご@参加 (2012-12-16 02:11:04)
場所は人里の辺りかな。
いちご@参加 (2012-12-16 02:11:06)
こんばんは。
カミソリの値札 (2012-12-16 02:11:08)
いちごってかじつさんなんだ
カミソリの値札 (2012-12-16 02:11:14)
ねーわwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
南瓜(参加) (2012-12-16 02:11:21)
里の人間は襲えない。それ以外は襲えるは示さないとと思います
常@参加 (2012-12-16 02:11:22)
こんばんは~
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 02:11:42)
無理くりこじつければ、夜のが妖怪は強くなる…… とかそういうのありませんでしたっけ?
常@参加 (2012-12-16 02:11:42)
文章のテンポっていう意味では良いと思います。
いちご@参加 (2012-12-16 02:11:49)
少なくとも里の中では人間は襲えない,ですね。
サバトラ@見学 (2012-12-16 02:12:07)
こんばんはー
常@参加 (2012-12-16 02:12:21)
本文にあまり影響はない部分だと思うし。だから流しても良いくらい些細な問題かも。
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 02:13:21)
うん。実際、襲ってはいけない時間とか場所って、なんでこの妖怪死に掛けてるの? この禁則時効をやぶったからだよっていう、サラーっとした説明でしょ?
這い寄る妖怪(参加) (2012-12-16 02:13:53)
具体的にどうこう話す必然性はないですね
いちご@参加 (2012-12-16 02:14:08)
具体的に書くとバランスが崩れてしまうかな。
南瓜(参加) (2012-12-16 02:14:09)
ですね
常@参加 (2012-12-16 02:14:30)
そう。だから特に問題はない。
南瓜(参加) (2012-12-16 02:14:33)
ルールを守らないとこうなるという話で
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 02:16:17)
幻想郷には、外の世界とちがって警察いないんだから実力行使しかないぞ、と
這い寄る妖怪(参加) (2012-12-16 02:16:24)
いかん、脳味噌が働かなくなってきた
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 02:16:30)
うーん、隙が無さ過ぎて話が続かないww
つくね@鈴仙と参加 (2012-12-16 02:16:35)
小兎姫(ちらっ
常@参加 (2012-12-16 02:16:38)
スペカ使えない妖怪の末路……?
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 02:16:43)
……だれ?
南瓜(参加) (2012-12-16 02:16:44)
旧作は幻想入り
つくね@鈴仙と参加 (2012-12-16 02:17:13)
話があんまり進まないなら、無理に進める必要もないと思ったり。
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 02:17:18)
旧作は知らないな。せいぜい魅魔さまくらいかな
いちご@参加 (2012-12-16 02:17:20)
ですね。
いちご@参加 (2012-12-16 02:17:26)
ラストへ行ってしまっても。
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 02:17:30)
実際、本当に良く出来てるものね
南瓜(参加) (2012-12-16 02:17:31)
こういうのは下手に書くと幻想郷の治安機構は~とか考え出すので
南瓜(参加) (2012-12-16 02:17:41)
やはりさらっと流すのがいいですね
メルルのナマニエ@参加 (2012-12-16 02:17:55)
面白かったです 100点
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 02:18:00)
実際、45分では踏み込んでかけないですし
常@参加 (2012-12-16 02:18:09)
踏みこんじゃうと自爆する
南瓜(参加) (2012-12-16 02:18:16)
作品に不要ならさくっと
つくね@鈴仙と参加 (2012-12-16 02:18:29)
さらりと流すのも手、ということで。
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 02:18:34)
では、つぎいきますか?
いちご@参加 (2012-12-16 02:18:36)
では,ありがとうございました。
南瓜(参加) (2012-12-16 02:18:39)
ラスト
いちご@参加 (2012-12-16 02:18:40)
ラスト!
銀狐夜々@参加 (2012-12-16 02:18:41)
ラストー
U.N.owen(参加) (2012-12-16 02:18:43)
終わりましたね
U.N.owen(参加) (2012-12-16 02:18:49)
おやすみなさい