誰かが幸せになるのが妬ましかった。
誰かの不幸せがわずかな救いだった。
妬んで嫉んで妬んで嫉んで妬み通し。
今でも私は緩慢に終わり続けている。
――緑風は忘却の深淵に――
私は今日も縦穴を眺める。
番――というほどのこともない。
どうせ地上と地下とを繋ぐこの穴を通る者など誰もいないだろうから。
湿っぽい風が吹き抜けてゆくこの場所はどこかを思わせた。
懐かしくもない橋の上。
通る者もない橋の上。
そこに佇む自分。
川面を覗き込む。流れの上に映る顔は歪んでいる。
今ではわかる。それが自分の行き着く果てだったのだと。
報われない想いは全てを歪ませた。
それは必然だったのかも知れない。
私は不幸だ。
不幸であることが私の幸せだ。
不幸であることだけが。
不幸であり続けるためなら私は何だってするだろう。
全てより不幸でなければ嫉妬などできないのだから。
「やあ」
声が聞こえる。
「パルスィ」
私の名を呼ぶ声が聞こえる。
「おおい返事をしなよ」
だがそれは気のせいだ。
誰も私に声を掛けない。
誰も私の名を呼ばない。
誰も私に手を触れない。
違う。
誰も私に声を掛けてはならない。
誰も私の名を読んではならない。
誰も私に手を触れてはならない。
何故なら。
声を掛けられる者は幸せで
名前を呼ばれる者は幸せで
手を触れられる者は幸せで
それらの全てより私は不幸でなければならないからだ。
そうでないと私は幸せでいられない。
私が私でいられない。
――だから。
「おい」
私は指を鳴らして
「ちょっと何を」
緑の眼をした怪物に
「ぐげっ」
掃除をしてもらうのだ。
肉片らしきものはぼとぼとと落ちていき。
湿った風は臭いを運び去っていく。
後には何も残らない。
そして私は呟く。
ああ妬ましい嫉ましい。
誰も私に声を掛けてくれない。
誰も私の名を呼んでくれない。
誰も私に手を触れてくれない。
今日もこの穴を通る者は誰もいなかった。
~終わり~