沛雨が薄藍色の石階段を打ち付ける。真っ暗闇――否、正確には白と黒とが縄のように糾えられるように、恋慕と殺意が表裏一体であるように、即ち悪意の権化が犇めく場所に私はいるのだと自覚したとき、此処は何所に存在しうる場所なのか、一瞬海馬回路から霧散し、再度構築される頃には、衣服が脹脛を中心にじっとりと湿っていた。水無月現在、特有の湿り気を孕み喜々と走る軟風に穏やかさは感じることが出来なかった。ありもしない現実と目を背けたくなり、首ごと視界を真横に振る。血のような薔薇が水の指輪を填められ、涙を零しているのだから――そういえば神奈子様は最近ガーデニングとやらに凝っているのだと訳の分からないことを思い出した。まるで時空が寒さに当てられた様に凍り付く私を哀れんでいるかと自己逃避も企ててみる。即ち、
「違う。こんなのは、奇蹟なんて呼ばない」
窓硝子と同じように、白く濁った息と共に、そんな言い訳が溢れ出た。自分の顔を摩り確認してみる。嗚呼、なんてことはない。既に欠片もソレを感じることが無い。追憶する。それは、断片の書籍を読むように、穴の空いたリンゴをイメージするような作業。そう、神奈子様が口うるさく摂社を掃除しに行けと言うのだ。その無茶な要求にしかし抗う舌を持たぬ私。土砂降りの中、傘を差し嫌々表に出た。小さな水しぶきのミルキークラウンが裾をじわじわと浸食していく。うっすらとした宵闇が滲む本殿は驚くほど静かだった。音を殺すとでも言おうか。私の吐息一つの異物であるような感覚に陥る。やはり舞処と近い場所にあるせいか摩訶不思議な神秘性が横溢している。それは紛う事なき人心の掠虜なのだ。瘴気や呪いと同じ類いの、純粋無辜であるが故の暴力だ。正直な話を言うとさっさと終わらせて暖かいご飯を食べて褥につきたかった。だから手早く掃除を終わらせようと、用具一式を取り出して、いそいそと取りかかる。辺りは闇以外は誰もいなかったから、どうしても一人ごとに興じてしまう。それを神奈子様は友達がいないとか罵られたこともあった。だいたい、最近神奈子様は神経質すぎるのだから。前は一日おきで良かった掃除を朝昼晩やらせるその様は、言い方は悪いかもしれないが婚期を逃した女性が必死に若作りをしようとしている様なイメージを連想させた。そこまで考えて、ふと違和感に気づいた。先ほどまで明夜の様な薄明かりが消えていた。それは即ち、開閉口がぴったりと閉め切られている事を示していた。誰の悪戯だろうと、思惟するまでも無かった。こんな馬鹿な事をするなんて、あの唐傘お化け以外に考えられない。案の定、皿屋敷のお決まり台詞を吐きながら私の目の前に降り立った小傘を蹴り飛ばし追い出し、掃除を終わらせた。最後に戸締まりを確認し、私は足早に家に向かった。
「どうして私の後ろを歩くの?」尋ねると、彼女はなんとも言えない複雑な表情をした。その顔立ちは幼い稚児が悪戯をした後に怒られるのを黙って待っている様なばつの悪さがあった。足を止め、彼女に振り返る。心なしか小傘の肩は震えているような気がした。私が何を尋ねても、彼女は首を横にふるふると振るだけで、何も言わない、何もしない。それがかえって――彼女には絶対に言えないが――不気味だった。そして自嘲した。なんともまぁ私も妖怪風情に、しかし情を持っていたのかと。こんな気持ちを知られたら、きっと神奈子様にぶん殴られるだろうと思い、起き去る為にも踵を返し急ぎ気味に歩を進めた。尚も付いてくる彼女に、一段と、殺意だか悪意だとかを感じない。ざらざらと波打つ雨だれの音が耳朶を固定させる。いけないと思った。恐怖とは己の中で増幅するモノだから。これ以上余計な想像をしてしまうと、それこそ囚われてしまう。そしてとうとう、小傘は家にまで着いてきた。
そして、彼女は妙に神妙な声で私を呼び止めた。私は、どんな事をしてくれるのだろうかと期待する反面、寓話にも劣る屑劣等の画策だろうと高を括っていた。振り返りソレを確認して嘲ってやろうとしたのだ。
だから、彼女のその楚々とした顔立ちが、瞼と瞼が触れ合いそうな距離にあったときは放心した。
「なっ……」
何をするのと口を開いたがすぐに私の唇を塞がれた。彼女の唇で以て。
そしてそれは、舌が生き物のように、その行為が、私の口内で暴れる、しかしながら、生まれて一度も出したことの無いような嬌声と悲鳴が綯い交ぜになったようなモノが喉から出てきた。それは彼女も同じようだったようだ。私を見下している虹彩異色からは怯えは見えても、自尊と画策に裏付けされた視界は帯びていない。恥を纏った上目使いで「どうだった?」なんて聞きやがりますので、私は、今度こそ恐怖した。
「あ、あああああ、あな、あなか、あなかましい! アナタ、今……」
自分の唇をそっと震える手でそっと触れてみる。甘酸っぱくて少し苦くて、ねばって……している。
「わたち、私だって怖かった! でもこれすると、きっと驚くって神奈子が奇蹟が起こせるよって……っ!」
リンゴみたいな彼女の頬に一条だけ水滴の後が残った。
「違う、違う違う。こんなの奇蹟じゃ無いわよぉ! こんなことって……うぅ……っ! 初めてだったのに、初めてだったのにぃ……返しなさい! 今すぐ吐き出しなさい!」
言いながら、ひたすら小傘をどつきまわしたが、決して唇を拭うことをしない自分に驚きを感じた。
多々良希美氏 『ある晴れた朝』
I・B@司会(参加) (2013-05-02 22:54:57)
どん
I・B@司会(参加) (2013-05-02 22:55:10)
03分まで
I・B@司会(参加) (2013-05-02 22:55:19)
漢字よめねぇw
多々良希美(さんか) (2013-05-02 22:55:19)
よろしくおねがいします
U.N.owen(参加) (2013-05-02 22:55:28)
読めないっす
生煮え(参加 (2013-05-02 22:56:02)
センスのいいギャグでした、好きですこういうの
I・B@司会(参加) (2013-05-02 22:56:08)
オチは好きです。ただ、文章に対して軽すぎる気がします。
Ministery@参加 (2013-05-02 22:56:08)
この時間内にこの文を書くことができることがすごい
かじつ@見てる感じ (2013-05-02 22:56:31)
IMEが特殊調教されているのではないか
多々良希美(さんか) (2013-05-02 22:56:35)
個人的に快のテーマが広くてどこらへんなのか微妙なのかなと
這い寄る妖怪(参加) (2013-05-02 22:56:48)
右から左までみっちり詰まってるとPCだとちょっと読みづらい
ライア(参加) (2013-05-02 22:56:49)
硬い文章の中にガーデニングやらの浮いた文章が有るといろいろと困る
U.N.owen(参加) (2013-05-02 22:57:01)
ちょっと読みにくい気がしました。私だけかな。
生煮え(参加 (2013-05-02 22:57:22)
読みづらいのは、そういうものかなと
見てる人@見学 (2013-05-02 22:57:26)
字が詰まっているとどうも読み進める気がしなくなるのが困ったものです。
Ministery@参加 (2013-05-02 22:57:31)
割と前半部の内容が後半で迷子だよね
見てる人@見学 (2013-05-02 22:57:38)
本だったら気にならなかったのでしょうかね。
多々良希美(さんか) (2013-05-02 22:57:40)
這い寄るさんの様に改行挟んだ方がいいのかな
かじつ@見てる感じ (2013-05-02 22:57:54)
それはもう人それぞれと言わざるを得ないと思いますな。
I・B@司会(参加) (2013-05-02 22:58:00)
前半と後半が別物語りみたい、かなぁ。
かじつ@見てる感じ (2013-05-02 22:58:11)
文法の明らかな誤りとは違って,それは作者のスタイルの一つでもありますから。
生煮え(参加 (2013-05-02 22:58:26)
わざとやってるんならそのままでいいかと思いますが
這い寄る妖怪(参加) (2013-05-02 22:58:29)
原稿用紙とかで書くならこういう行変えで全然問題ないとおもいますけど、PCモニタだと左右に視線が沢山動くので読みづらく感じるのかと
のんびりと@見学 (2013-05-02 22:58:34)
時々引っ掛かる表現とかもあってちょっと読みづらかったかな?
Ministery@参加 (2013-05-02 22:58:34)
しかし最後の締めはすごく艶があって好き
ライア(参加) (2013-05-02 22:58:39)
硬い文章を纏めるかのようにガーデニングだとか神社の掃除だとか書いてあると『初めからそう書けよ』って感情が
多々良希美(さんか) (2013-05-02 22:58:50)
前半はなるべく怖い雰囲気で、後半はノリの軽い感じでいこうかなぁと
生煮え(参加 (2013-05-02 22:58:57)
少なくともこの文体だと、多少改行しても読みづらいことには変わりない来も
I・B@司会(参加) (2013-05-02 22:59:02)
時間制限ある中でこういうのもあれですが、前半と後半の間にもう一ひねり欲しかったかなぁ、とか。
Ministery@参加 (2013-05-02 22:59:10)
逆に考えるんだ、前半は壮大な伏線だったと考えるんだ
I・B@司会(参加) (2013-05-02 22:59:14)
!
這い寄る妖怪(参加) (2013-05-02 22:59:17)
改行は個人で手さぐりするしかなさそうです
U.N.owen(参加) (2013-05-02 22:59:28)
個人の感覚ですもんねぇ
這い寄る妖怪(参加) (2013-05-02 22:59:30)
しかしあれですね、エロいですね
見てる人@見学 (2013-05-02 22:59:35)
自分だと、ごめんなさい、パッと見で引き返してしまう気がします。これだけ詰まっていて漢字が多いと。
生煮え(参加 (2013-05-02 22:59:46)
初めてだったのにぃ……返しなさい! 今すぐ吐き出しなさい!」 ここ好きw
Ministery@参加 (2013-05-02 22:59:47)
エロいよね(しみじみ
ライア(参加) (2013-05-02 22:59:48)
表現も分からなかったの
かじつ@見てる感じ (2013-05-02 23:00:02)
なんだろうね
かじつ@見てる感じ (2013-05-02 23:00:21)
費やされている言葉の量のわりに,映像的なイメージが浮かびにくい,ということがあるのかな。
多々良希美(さんか) (2013-05-02 23:00:23)
エロい……?
多々良希美(さんか) (2013-05-02 23:00:47)
視覚表現は……すみません、手を抜いてしまいました
這い寄る妖怪(参加) (2013-05-02 23:00:50)
初めてで舌入れて気持ちいいってエロス以外の何物でもない
I・B@司会(参加) (2013-05-02 23:01:07)
個性を均一化してしまうと味気ないので、改行やらなんやらを言う気はないですが、なんというか
Ministery@参加 (2013-05-02 23:01:12)
こういう固い表現でないと官能って表現しにくいからね
I・B@司会(参加) (2013-05-02 23:01:36)
前半から後半へかけて急なこともあって、テンションが乗りにくい。
見てる人@見学 (2013-05-02 23:01:44)
やっぱり作者の方であればこういう固めの文章が好きな方のほうが多いのでしょうか。
かじつ@見てる感じ (2013-05-02 23:01:56)
A.好みは人それぞれです。
I・B@司会(参加) (2013-05-02 23:02:06)
いえ、好き好きありますよw
U.N.owen(参加) (2013-05-02 23:02:09)
話によりけりかなぁ
這い寄る妖怪(参加) (2013-05-02 23:02:18)
個人的にはもうちょいシンプルがいいかな。
Ministery@参加 (2013-05-02 23:02:22)
しかし実際読みにくいし頭に残りにくいというデメリットはある
ライア(参加) (2013-05-02 23:02:22)
A.読者も含めて人それぞれです ※ただし多少の傾向は有ります
I・B@司会(参加) (2013-05-02 23:02:23)
すげぇ、とは思いますけれど、好きかどうかは別物。
かじつ@見てる感じ (2013-05-02 23:02:26)
そうね,話に合っているかどうか,というのもあるのかな。
のんびりと@見学 (2013-05-02 23:02:36)
ユーザーフレンドリーなほうがありがたいです。
生煮え(参加 (2013-05-02 23:02:41)
前半でギャグだと気付けるかどうかが分かれ目のように思えます
I・B@司会(参加) (2013-05-02 23:02:52)
正直、この文体だったらずっしりした内容の方が好み。
U.N.owen(参加) (2013-05-02 23:03:07)
軽いノリなら短い文章をポンポンする方がいいと思いますし、重くするなら長く堅くしたほうがいいと思います。
I・B@司会(参加) (2013-05-02 23:03:20)
おっと。
多々良希美(さんか) (2013-05-02 23:03:21)
ふむふむ(メモメモ
I・B@司会(参加) (2013-05-02 23:03:24)
そろそろ
Ministery@参加 (2013-05-02 23:03:31)
あと題名が宙ぶらりんな気がするがもったいない
かじつ@見てる感じ (2013-05-02 23:03:36)
どうなんだろうね,こういう固めの文章の方がむしろ改行があったほうがいいのかな。
生煮え(参加 (2013-05-02 23:03:39)
僕はかなり最初のほうでギャグだと判断しましたので、もし多々良さんがギャグのつもりじゃなかったら平謝りですがw
かじつ@見てる感じ (2013-05-02 23:03:47)
それとも固めだからこそ文章を詰めたほうが雰囲気出るのかな。
I・B@司会(参加) (2013-05-02 23:03:51)
余った話はまた後ほど。いったん、次に行きます。